1.隠された子供

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1.隠された子供

   (みつ)が生を受けた田丘(たおか)村は、電気や電話が通じるようになった今でも、龍神と交流出来ると言われる宮司(ぐうじ)に多大な権力が集中していた。  村には、田丘神社で宮司に選ばれた者しかとり行うことが出来ない秘儀があった。その儀式を終えると選ばれた者に龍神が宿り、大いなる力――神通力(じんつうりき)――が使えるようになるという。  瞼を開けても、深い闇の中に密はいた。はるか上にある鉄格子越しに見える空は、夜の色をしている。  ――いつものことだ、密は日中でもわずかな光の中で暮らしている。  密は大きく伸びをして、小さめの布団からひょろりと細長い手足を覗かせた。 「まだ夜中だ。……今日は散歩ができる日だから、浮かれているのかな」  ひとりごち、顔を洗うため水を置いてある場所まで歩く。すぐに白い壁にあたるから、閉じ込められて十数年になる今ではすっかり感覚で覚えてしまった。  暗闇の中では、できることは限られている。危ないからと火を持たせてもらえないし、電気などという高級なものは母屋でしか使っていない。  空が白み小鳥の声が聞こえるまでのあいだ、密は急な階段を上がり、鉄格子付きの窓から外を見ていた。 「密さん、おはようございます」  ガチャリと錠前が開かれ、身の周りの世話をしてくれるタツが姿を現した。重そうな扉が開かれると、一瞬だけ外界の光が入ってきて、慣れない目に眩しく映る。 「タツ、おはよう。天気が良さそうだから散歩ができるね」  おさげを揺らし、タツがふふっと微笑む。 「ええ、いい日和(ひより)ですよ。その前に朝食をどうぞ」  梅干しが入ったむすびと、(さば)の塩焼きに豆腐。少し冷めてしまった味噌汁を下げていた箱から出してくれる。  起きてから二時間はたっているので、さすがに空腹だった。ほのぬくい鯖を箸でほぐし口に運ぶと、油がのっていて柔らかかった。 「おいしい。いつもありがとう、タツ」  礼を言うと、それまでにこにこと微笑んでいたタツの表情が翳る。 「……密さんのほうが先に生まれたのに、双子の響也(きょうや)さんだけが神社の跡取りだなんて不公平ですね。密さんは私のような下働きの者にも感謝してくださる、優しくて出来たかたなのに」 「仕方ないよ。母さまたちも、俺には悪いものが憑いているから皆と離れさないといけないって言っているし」 「そんなの……!」  膳の前に正座していたタツが、我慢ならないというように腰を浮かした。次の瞬間、ハッとしたように着物の(あわせ)を整え、座り直す。密への仕打ちを、こんなふうに憤ってくれるのは彼女くらいだ。  父母に言われてきた言葉を思いだす。  たまにこの土蔵にやって来る父や母は、タツのような温かい瞳をしていない。密が逃げ出したりしないか、変な考えを持ってはいないか、自分たちに背かないかと、そんなことを何度も確認しに来る。  彼らから優しい言葉をかけてもらった記憶は一切ない。 『お前の存在はこの神社の汚点だ』 『忌み子を育てていると言うと、余所の神社から驚かれた。感謝してほしいくらいだ』  それらの言葉を、耳にタコができるほど聞いてきた。  密が半分死んだ状態で生まれたこと自体が間違いだったのだ、と彼らは揃って口にする。  母から取り上げられたとき、息をしていなかったほうが密だ。ぐったりと蒼い顔をする密のあとに、元気な産声を上げたのが弟の響也だった。  死産は縁起が悪いとされている。母はこのとき、密をどうやって弔えばいいのか悩んだという。  だが産婆が密の顔を叩くと、赤ん坊だった密は泣きだし、息をしはじめた。産婆は密の命の恩人だ。 「母さんは、密さんのことを生命力の強い子だって言っていますよ。忌み子だなんて、迷信だって」  タツは産婆の娘で、数年前から神社で働きはじめて以来、ずっと密の世話をしている。密の存在をあらかじめ知っているから、都合がいいと父たちは判断したのだろう。それまで、ろくに喋ってもくれない年配の巫女としか交流のなかった密にとって、五つ年上のタツが喋り相手になり、心を砕いて身の廻りの世話をしてくれるのがどれだけありがたいか、彼女はおそらく知らない。  誕生したとき死の淵にいた双子の片割れの存在を、宮司である父は隠した。敷地内にいくつも点在する神社の土蔵のひとつに閉じ込め、人目に付かないように育てている。―もう一人に大事があったときの替え玉として。 『生まれたのは男子で、神社を継ぐ者だ』と父は村人たちに公表した。響也と名付けられた弟は、周囲から慕われ敬われてなに不自由なく成長しているという。
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