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岸上への弁明はできたものの、これからの付き合いについて話をすることはできなかった。
岸上から具体的に、隼人への愛の言葉を聞いたことすらないのだ。
空回りしているのではないかという焦りが日々募るのも無理からぬことだろう。
一方、隼人は女優との交際を完全否定し謝った。
本当なら隼人が直接相手に謝罪すべきなのかもしれない。が、それに関しては事務所同士で話がついていると梶から聞かされた。
撮影はいよいよリゾートホテルでのロケを残すのみとなった。
原作本の舞台となったホテルを実際に使うとのことで、2日間泊まり込みのスケジュールが組まれていた。
部屋はツインルームで、マネージャーも一緒だという。岸上とのことがバレるまでは、ロケ先まで来るようなことは決してなかった。隼人は首輪を付けられ、鎖につながれているも同然だった。
岸上とメールでの連絡は時折取っていた。今日、原作者の宮原が海斗を伴って見学に来るらしい。
「おはようございます」
現場は撮影スタッフとホテルの従業員でごったがえしていた。
広いロビーの奥に、監督と挨拶を交わす宮原の姿が見えた。
「こんにちは!」
声をかけると、傍らにいる海斗が先に振り向いた。
「お久しぶりです」
宮原と握手していたところへ岸上も駆けつけた。
「元気そうだね」
海斗を見て嬉しそうに笑っている。
「実は午前中は出番ないんだ。一緒に撮影見ようか」
岸上は海斗と談笑しつつロビーの隅へ歩いていった。
その姿を横目に隼人は、また見当違いのヤキモチを焼くはめになった。
撮影自体は何の問題もなく進み、あっという間に初日が終わった。
明日は千葉探偵と佐賀がホテル周辺を探索するシーンの撮影だ。
「やあ、どうしたの?」
ここまで来ればマスコミの目も届かないと岸上を探し回っていたら、宮原に見つかってしまった。
「いえ、別に。ごはんは済みましたか?」
にこやかに問いかけると、宮原は表情を曇らせた。
「食べようと思って海斗くん探してたんだけど、いなくて」
「そうなんですか?」
知らぬふりをしたが、隼人には見当がついていた。
「見かけたら、探してたって言っておきます」
適当なことを言ってその場を離れた。思わず小走りになる。
岸上の部屋は同じ階で、エレベータを降りて右側だった。
隼人は分厚い絨毯を踏みしめ、部屋のドアの前に立った。
しばらく聞き耳を立てたものの、声は聞こえてこなかった。
仕方なくインターホンを鳴らす。
ドアを開けたのは岸上だった。隙間から無理やり覗き込むと、中に海斗の姿があった。
「須賀くん、帰してあげたほうがいいですよ。先生が探してました」
「あ、そう?」
話は終わっていたのか、岸上はおとなしく海斗を帰らせた。
部屋へ押し入った隼人は、聞きたくないのに尋ねていた。
「なんの話だったんです?」
岸上はベッドに腰掛け、立ったままの隼人を見上げた。
「……宮原先生とのこと、訊いてみたんだ」
いま人のことを気にかける余裕があるのか。
部屋にはダブルベッドがでんと置かれていた。岸上ひとりで寝られるのはなかなか贅沢だ。
ベッドの隣に座り、強引にキスを仕掛けていく。
岸上は嫌がるそぶりもなく、唇を許した。
「すいません、つい」
若い隼人はいつもこんなふうに、不意打ちで岸上を驚かせてしまう。
「だけど……ちょっとだけこうしてててもいいですか」
岸上はかすかに微笑み、頷いた。
「前から気になってたこと、分かってすっきりしたよ。やっぱりどうもそうらしいね、あの二人」
「やけに気にしてますね」
「……だってさ……宮原先生、31歳だって。で、海斗くんは18歳。あんなに年の差があって大丈夫なのか気になってたんだ」
「オレたちだって10歳差でしょ?」
「うん、だから」
横にいる岸上を見ると、照れくさそうに顔を赤らめている。
「なんだ、年の差カップルが上手くいく秘訣とかを聞いてたんですか?」
「そ、そんなんじゃ」
耳まで真っ赤な岸上の姿に、隼人の涙腺が緩んだ。
「ひどいですよ岸上さん、そんなの、あの子にいちいち聞かなくても……」
「ごめん、だって君、時々わからなくなるから」
隼人の若さゆえの空回りは、岸上に迷惑をかけている。
「オレは自分でもウンザリするほど子供です。だから岸上さんが落ち着いてると、嫌でも差を感じるんですよ。どんなに焦っても岸上さんには追いつけない」
「君は俺が落ち着いてると思ってるの?」
いつも岸上の思いを読み切れず、やきもきしていた。
隼人の焦りを岸上も感じていたのだろう。
「……君が好きだって言うたび、ホントなんだろうかって疑ってきた。もちろん嘘なわけもないけど、それでも……」
話の接ぎ穂がみつからず、途中で口を閉ざす。
隼人はまた岸上にくちづけた。
「信じてくれるなら、何回でも言いますよ」
完全な年の差を感じることもあるし、今のように大人らしくないふるまいをすることもあった。
どの岸上も同じように隼人を欲してくれているのなら、与えるだけだ。
「オレは岸上さんが好きです。だから言ってください、自分だけのものだって」
もっとガツガツしてほしい。遠慮はしてほしくなかった。
「岸上さんはオレだけのもの、でしょ?」
窓の外から雨音が聞こえてきた。
天気が悪ければ明日の撮影は午後からだと説明があった。
「好きでいて、いいですよね……?」
断りにくい雰囲気をずっと作っていたせいで、わざと反応を気にしてこなかった。
今夜ばかりは演出を控えめにし、岸上の意思を確かめる必要がありそうだ。
「君みたいな子を好きになった俺も悪いんだ。多少のことは我慢しなくちゃ」
会うのにマスコミの目を気にしたり、共演女優にヤキモチを焼いたり。
お互い、譲り合わなくては続かない。
「……やっと好きって言ってくれた」
いまの隼人にはそれが一番の喜びだった。
またキスしようと岸上を押し倒したところで、ポケットの携帯電話が鳴り出した。
「梶さん?」
部屋に戻ったら隼人がいないので、心配したという。
今夜は帰らないと言って電源を切った。
「マネージャーさんに悪いんじゃ……」
「悪いのはわかってますけど、ここで帰っちゃったらバカみたいだ」
やっと気持ちのズレを修正し、前へ進めそうなのだ。
梶には、黙って見逃してくれと言いたかった。
「岸上さんが欲しい」
「えっ?」
「それやめてください、今更ビックリするとこじゃないでしょう」
岸上がまた顔を赤くした。
「今日やっとかないと、後悔すると思うんで。シャワー使います?洗ってあげましょうか?」
「いいいいいよ、自分でやる」
欲しい、と言ったのは初めてではなかった。これまでは即座に断られていたので、少しでもチャンスがあるなら生かしたかった。
しぶしぶバスルームへ入った岸上を待ち切れず、隼人も後を追った。
「わっ」
シャワーで体の泡を洗い流していた岸上が振り返り、異星人でも見たような変な声を上げた。
驚く岸上を落ち着かせるため、とりあえずキスをする。
「がっついて、ごめんなさい……でもじっとしてられない」
キスしたい、触れたい、ひとつになりたい、そう思う気持ちは同じなのだと思う。
岸上は大人で、抑制がきいているだけだ。
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