7 断崖の殺人

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予定より少し早く、広間での夕食が始まった。 給仕をするのは女性ふたりで、海斗はあくまで目立たない場所での仕事を割り振られていた。おかげで宮原や増井の顔もろくに見ていないありさまだ。 仕事を始めたばかりで加減というものを知らない海斗の働きぶりに、大竹は「夏休み中ずっといればいいのに」などと言う。 朝早くて夜遅いこの仕事をあと数日続けていたら確実に帰りたくなるはずだから、海斗は曖昧に笑ってごまかした。 厨房には下げてきた食器が山と積まれていて、それを洗っているうちに夕食は終わってしまったようだった。 「お疲れさま。続きは私達がやるから、須賀くんはお風呂の方見てきてね」 「はいっ」 追加で仕事を言いつけられないよう、さっさと持ち場へ向かう。 宿泊客が既に何人か風呂を利用しているようで、脱衣所に脱いだ衣服が置いてあった。 海斗は床掃除をし、備品の乱れを直し、浴室を覗いた。 異常ないのを確認したら外へ出る。 次にやる仕事は布団敷きだった。 7人の客を入れると満員になる小規模の旅館ではあるが、全部の布団を敷くのは骨が折れた。 最後に宮原の部屋をノックすると、在室らしく返事が返ってきた。 「失礼します」 宮原は座卓の前に座り、何事か考えている様子だった。 「布団を敷きに来ました」 型どおりに言った海斗を、怪訝そうにみつめている。 「大変そうだね」 言外に“わざわざこんな所まで来なくても”と読み取れる挨拶。 「増井さんに騙されました」 「ははっ、そうか」 とにかく海斗は座卓を隅へ寄せ、押入れを開けて布団を出し、敷いた。 「ありがとう」 「座談会、もうじきですね。お風呂は後にするんですか?」 「うん。夜中でも構わない?」 「大丈夫ですよ」 宮原は布団をまたいで、入口近くにいた海斗のところまで歩いてきた。 「鍵を閉めて」 言われるまま、古いフック式の鍵をかける。 ドアを向いている間に、宮原がもっと近くまで来ていた。 「最近会ってなかったから、顔が見たいとは思ってたんだけど。海斗くんはどう?」 「俺は……」 答えなど聞く気がないのはわかっていた。 宮原は片手で海斗の顎を上げさせ、覆いかぶさってきた。 「んっ……」 普段、宮原の家でするようなキスとは違い、触れてすぐに舌が唇を割って入ってくる。 怒っているのだろうかと思いながら、海斗は抵抗もできず背中の扉に体重を預けた。 確かに夏休みに入ってから、書店のアルバイトを優先して宮原のところへは行かないことが多かった。 海斗としては夏休みの前半をアルバイトに費やし、後半で存分に遊ぶつもりでいたのだ。 宮原はそんな海斗の気持ちなど知らない。いまはただ奪うように強引なくちづけで、何か訴えてこようとする。 「う……、んっ」 唾液に濡れた舌先が海斗の口からいったん出て、上下の唇を舐め上げた。 そしてまた湿った音をたてて侵入する。 熱い指は海斗の両耳をつまみ、頬へと下りて頭へ、執拗に撫でていく。 息が苦しくて逃げたいのに、無言の威圧感がそうさせてくれなかった。 海斗の舌を引っ張るように咥えて吸い上げたり、わざと乱れた呼吸を聞かせてみたり。それは宮原がベッドでしかやらないキスだった。 息が上がり、喉から変な声が漏れそうになってこらえる。 薄い壁一枚で隔てられた隣の部屋に聞こえてしまったら、おしまいだ。 宮原は官能を煽るいやらしいしぐさで、ぬるぬるに濡れた唇を弄ぶ。反射的に下半身へ疼きが伝わり、まずいと感じつつ止めることはできなかった。 触れられている部分がどこも熱を帯び、痺れてきて、立っているのも辛いほどだ。 大きく口を開けさせられているのも構わず、海斗は許しを請おうとした。 すると宮原はいきなりキスをやめ、髪をひと撫でして言う。 「……仕事が終わったら、来て」 やっと解放された海斗の耳には絶対命令のように響く、宮原の声。 「みんなの前では知らんぷりしてあげるから」 海斗は何も言い返せず慌てて鍵を開け、部屋を飛び出した。
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