7 断崖の殺人

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和島は近重の様子を見に行ったあと、部屋から厨房へやってきた。 ちょうど板前と海斗が朝の片付けをしているところだった。 「……すみません、救急車呼んでください」 「どなたか具合でも?」 尋ねると和島がいいえと小さく答える。 「死んでるんだったら、救急車じゃなくて警察でしょうか……?」 「死んでる?」 海斗は反射的に厨房を飛び出していた。 階段を駆け上がり宮原の部屋のドアを叩く。 「宮原さん」 宮原が顔を出した。部屋の奥に荷造り中らしいバッグが見える。 「近重さんの部屋はどこですか?」 「え?ええと、向こう側の奥だね」 旅館の2階には、真ん中の廊下を囲むようにして7つの部屋があった。階段は玄関の反対側の真ん中にあり、両端に2室、奥に3室。両端の山側は楠田と増井、崖側は宮原と向井の部屋。並んだ3室の山側が近重で崖側が川里、真ん中が和島の部屋だった。 近重の部屋は入口が襖で、隣も同じだ。 海斗は宮原をせかして襖を開けさせた。 襖にも閂式の小さな鍵が付いているのだが、壊れていてきちんと閉まらないようだった。 「うっ」 宮原は室内に足を踏み入れるなり、低く声を上げた。 部屋の真ん中に敷いた布団の上に、浴衣姿の男があおむけで寝転がっていたのだ。 布団にも浴衣にも畳にも血の飛沫が散っている。 「ごめんなさい、もう出ましょう」 海斗はやはり一人で来たほうがよかったと後悔した。この部屋に死体があると分かっていたのに。 「いや、せっかくだからちょっとだけ……」 さすが推理作家というべきか、宮原は彼に顔を近づけた。 「頭に怪我をしてるね」 「……近重さんですか?」 「うん。会わなかった?」 「ええ……」 客が多かったので、ひとりひとりの顔と名前が一致するほど観察はしていなかった。 旅館のスタッフとしては失格だろう。 宮原は窓のほうへ歩いていき、窓を開けて少し身を乗り出した。 部屋に窓は2ヶ所ある。山側と、玄関側だ。 海斗も一緒に外を見てみた。古いつくりの旅館で、手のひらくらいの幅の高欄が窓に取り付けられている。 宮原は高欄に手を載せてギシギシさせていたが、ふいに振り返った。 「海斗くん、出て。誰か来る」 「はい、じゃあ」 海斗は即座に逃げようとした。しかしもう間に合いそうになかった。 「そこから」 宮原が指さしたのは、隣室との境にある襖だった。海斗も合点してそこへ入り、襖の向こうの押し入れへ進んだ。 昨夜、布団を敷きにここへ来たとき、押入れの奥が壁ではなく襖であることに気がついていた。つまり近重の部屋と隣の和島の部屋は、押入れを挟んでつながっているのだ。 何人かの足音が近重の部屋へ押し寄せたとき、海斗は和島の部屋から廊下へ出た。 そして何げなさを装って階段を下りていった。 ミステリとしては不出来だが、旅館従業員なら客の殺人などわけもなく行えると思いながら。
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