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しばらくベッドでうたたねをしてしまったようだ。 海斗が目覚めたとき、宮原はいなかった。
部屋を出て階段を降り、仕事場へ向かう。
「海斗くん、起きたの?」
宮原はパソコンに向かって入力作業中だった。
「あ、すみません、仕事でしたか」
ついさっきまで汗だくで睦言を繰り返していたというのに、その余韻さえ感じさせない。
「いいんだ、メール送ってただけだから」
久しぶりに訪れた家にいられるのも、あと少し。
帰りたくないが、そうもいかなかった。
「出かける前に出した宿題は、解けたのかな?」
そもそも今日の目的はいちゃつくことではなかったと気がつく。
「えっと、浴衣のことで犯人がわかったってことでしたよね」
「うん」
「犯行時刻は12時から1時の間。犯人はLの浴衣を着ていた和島、川里、楠田の誰か」
「そうだね」
海斗はあれから美穂のことやら何やらで、事件について細かく検討していなかった。
なので集まった材料を再度、組み立て直すしかない。
「犯行がほんの数分だったのも重要ですね。トイレだと言い訳できるのは、せいぜい3分から5分くらい……」
和島が犯人なら、これまでの証言は自分の都合のいい嘘だったということになり、とてもわかりやすい。
「犯人が和島以外だとしたら、近重さんの部屋へ行ったのは、やはり外の高欄を伝ってとしか思えません」
和島と近重の部屋は繋がっていた。和島にはいつだって殺すチャンスがあったのだ。
「ひとつ考えてみてほしいんだけど、例えばその時間帯、犯人が近重さんを訪ねて部屋へ行ったとして、都合よくいてくれるとは限らないよね?」
宮原の誘導で海斗はハッとした。
結果的には数分しかかかっていないのだから、何らかの方法で近重の在室を確かなものにしておかなければ。
「これは俺の想像だけど、近重さんはバイクで旅館へ行ってたよね。大事に覆いをかけて置いてあった。あのとき雨が激しくなってたから、覆いが外れてバイクが濡れてるよ、とか言って外へ出させたら、近重さんはびしょぬれになって部屋へ着替えに戻るだろう」
「あ、それだと浴衣をこっそり使ったのは近重さんってことになりませんか?」
「元から浴衣を着てたのならそうだけど、あの人は風呂上がりも洋服だったよ」
「そうか……」
では、犯人は首尾よく被害者を部屋へ戻らせ、着替えていたところを襲ったということか。
「タイミングよく殺すにはそれしかないですね。自分の部屋から高欄伝いに近重さんの窓の外へ移動して、殺してまた外へ。……雨に濡れますね」
「そう。三人はもともと浴衣姿だった。次にまた浴衣で広間に現れるためには、替えが必要だ」
「リネン室で前もって確保したとしても不思議はないですね。なるほど、だから浴衣が重要なのか……」
和島が犯人なら、なにもそんなリスクを犯してまで外から殺しに行く必要はない。和島は容疑者から外れる。
「鍵が壊れてたのに襖が開かなかったのは、どうしてだと思う?」
「それは……前に似たトリックをどっかで見た記憶があります。死体をドアに立てかけて密室を作るっていう」
襖とドアでは理屈が異なるが、襖の端に障害物があれば、引いて開けることはできないだろう。
「いいね。じゃあ、和島が聞いたイビキは何だろう」
「襖が開かなかった時には死んでいたわけですから、部屋にいた犯人が……?」
不透明だった頭の中がようやく、すっきりと澄んできた。
「犯人は川里さんですね」
海斗は静かに言った。
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