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さっき楠田に本当のことが言えなかったのを、宮原はどう思っただろうか。
海斗はふたりきりの空気に息が詰まって部屋を出た。
足は自然と書庫へ向かう。
この前少し掃除をしたから扇風機を動かしてもホコリは舞わないが、本の位置がひどく乱れている。いずれ本格的に片付けたいものだ。
宮原と海斗を繋いでいるものは、あの作品と書庫だけ。
責任ある仕事を一人でこなし、どんな決断も自分でできる宮原は未だ別世界の住人だった。
窓のない書庫は、いくら風を送っても涼しくならない。
「……いったいどうした?」
しゃがみ込んでいる海斗の背後から、声がする。
「自分が年取ったって感じるよ、君の繊細な感覚が時々わからないから」
理由は不明ながら海斗が悩んでいることには気づいていて、そんなことを言うのだ。
「……繊細とかじゃありません。でも……」
宮原にとって本当に必要なのは、美穂のようなしっかりした大人のパートナーなのではとずっと感じている。
増井や楠田と話す時にしても、海斗に対してするような気の遣い方はしていなくて、うらやましく思ってしまうのだ。
「増井くんにはね、バレてんじゃないかって思ったりする。だって変だもんね、君みたいな若くて可愛い子がうちに出入りしてんの。……だけど、バレたくないとは思わないんだよ」
書庫独特の匂いのする生ぬるい空気を、弱々しい扇風機の風がかき回す。
海斗は気分が悪くなりそうで、立ち上がった。
「なんで君がここにいると思う?」
宮原が入口に立ちふさがって、海斗の顔を覗き込んだ。
「宮原さんを尊敬してて、好きだから」
初めてキスされたのがこの書庫だった。
「違うだろ、いやそうかもしれないけど、俺が必要としてるからだよ。君が現れるまで俺は、何のために生きてるのかわからなかった。今は、君がいるから生きてる」
海斗は立ちくらみがして、宮原にしがみついた。
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