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昇陽高校一年生の須賀海斗は、二学期から図書委員になった。
図書館に関わる雑務を手伝ったり本の貸し出しカウンターでぼんやりしたりするのが仕事だ。
図書館は校舎や他の建物から全く独立した場所にぽつんと建っている。校舎から行くとすればグラウンド側から回り込むか、校門側の前庭から行くかのどちらか。
したがって利用者はそう多くない。蔵書は面白みのない真面目な本ばかりだから、仕方ない部分もある。でも自習には向いていると海斗は思う。
「よぉ」
同じクラスの松野が片手を上げて入ってきた。
ともに帰宅部の身とはいえ、ここで会うのは初めてだ。
9月の図書館は窓を全開にしていることもあり、意外に涼しい。
「オレ帰るとこなんだけど、ちょっとだけいいかな……」
机で本の補修をしていた海斗は、向かいの席を勧めた。
「この辺り、幽霊が出るって話、聞いたことある?」
奥の部屋で司書が何やら作業中なので、ひそひそ声になる。
「ないね」
海斗の手元には補修済みの本が三冊、積んであった。
本に透明のフィルムを貼り、破れたカバーを直していく。根気のいる作業だ。
「たぶん女の霊だって。白い影がスーっと、図書館の裏あたりからグラウンドまで走っていったらしい」
「白い影ね」
目撃談が本当なら、少し距離のある場所から見たことになる。
「見たとすれば、校舎側よりグラウンド側からだろう」
「うんそう、フェンスの外を通りがかった近所の生徒が何人かいて……。夜中に犬の散歩してたり、コンビニ行ったりしてさ。だいたい10時頃だったらしい」
「幽霊なんて興味ないんじゃなかった?」
海斗は多少オカルトに関心がある方だが、松野の口からそんな話題が出た記憶はない。
「まぁそうなんだけど、お前がこうやって図書館に出入りしてるとさ、幽霊に会っちゃうんじゃないかって心配になったわけ」
「心配は有り難いけど、そんな夜中までいないもん」
学校にまつわる怪談というのはどこにでもある。
しかし、ここ昇陽高校には怪談と結びつきそうな逸話があった。
「二、三年前にあったっていう自殺と、関係あるんじゃないかなぁって……」
話好きな生徒ならだいたい知っている噂だった。
まだ海斗たちが入学する前、ある女生徒が自宅で首を吊った、というものだ。原因は未だ判明していない。遺書めいたものはあったが、はっきりと書かれていなかったらしい。
「なんで自殺と幽霊が関係あるって?」
松野に訊き返す。
「オレは思わないけど、ま、そういう噂なんだよね」
「ふぅん」
海斗は目を見開いて松野の顔を見た。
ふたりが友達になったのは掃除の割り当て場所が一緒で、時々話すようになったのがきっかけだった。
松野は自分でも認める「ザ・平凡」の学生で、ルックスも成績も真ん中ぐらい。対して海斗は学年でも指折りの美少年と呼び名が高い。
「そんなに暇で困ってんなら、付き合ってもらってもいいけど」
海斗は本をカウンター奥に運ぶと、松野を連れて外へ出た。
「ん?」
松野は間抜けな返事をした。
「夜10時ごろ。出られる?」
「オレ?なんで?」
「幽霊の正体、知りたいだろ」
図書館の裏からグラウンドを見渡す。
「ホントに出るのかよ」
「出るかどうか、見届けようって話。何日もかかるとは思うけど……」
「用がある時は無理だけど、いいよ」
松野が承諾したので、二人は夜のパトロールをすることに決めた。
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