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エピソード16
よろよろと裏門を出る。それでも慎重に、辺りを見回した。先ほどの彼女は何処にいるのだろう。もし見つかったとしたら、今、走って逃げる力はない。
いつもとは違う道順で家へと向かう。頭の痛みが弱まるのと比例して、心が重くなる。だけど絶望をゆっくりと味わう余裕はなかった。すれ違う人に怯え、どこかの家の住人が立てる物音に神経を尖らせる。何もかもが恐怖の対象だった。
「痛い…」
頭ではなく、胸が。いつまで私はこの苦しみの沼に沈んでいればいいのだろう。
家に辿り着く。布団にくるまり、やっと、涙がぽとりと落ちた。もはや、何による涙なのかよく分からない。美桜を死なせた事?病気にかかった事?誰かの言動に怯えて過ごす日々?宇佐木に裏切られた事?彼に、そして由香里に、いつ殺されるか分からない恐怖?
雨のように、滝のように、ただ、両の瞳から涙が流れ落ちていく。本当に悲しい時は声を上げずに泣くものなのだろうか。それとも、声を上げるだけの気力が残っていないだけか。
痛みで麻痺した頭の中に、幾度となく押し寄せてくるのは疑問と後悔。何故、裏切りに気付けなかった。どうして彼を信用してしまったのか。…何故あの時、自習プリントなんて落としたのだろう。ふと思う。宇佐木はあの時、初めて自分の病気の事を知ったのだという。という事は、彼が病気にかかったのは最近だろうか。私の頭痛が始まったのも少し前だ。何か共通するきっかけがあったのか。…いや、今はそれよりも、どうやって生き延びるかだ。このまま彼に利用され続けるのだとしたら、私は近いうちに、必ず命を落とす。
「死にたくない…」
布団の端を掴む手に力が込もる。この病への対処法は、本当にないのだろうか。
ふいに、枕元に置いてあった携帯が震えた。心臓が跳ねる。
震える手で携帯を掴む。祈るような気持ちで画面を見た。由香里からだった。彼女はまだ犯人を探している。
『明日の放課後、美桜の家に行ってみない?』
絶望に浸された胸に、ほんの僅かな火が灯る。美桜の家。そこに行けば、何かが分かるだろうか。
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