273人が本棚に入れています
本棚に追加
エピソード22
「桐原くん、やめなよ」
「いや、こんなの気分悪いだろ。早いとこはっきりさせた方がいいって」
桐原はドスドスと私に近付いてくる。
「別にいいよな?矢森さん、まさかこんなイタズラ信じてないだろ?」
これは、報いなのだろう。美桜を殺した、私への。
だとしたら、私はそれを受けなければならない。
私はゆっくりと頷いた。
由香里が目を逸らすのと、宇佐木の驚いた顔が目に入る。
「えーと、でも、どうすればいいんだ?」
桐原は頭をかきながら言う。私は俯いたまま、その時が訪れるのを待った。既に麻痺してしまった心はもう、何も感じない。
「とりあえず叫んでみるか。よし。俺は、矢森さんが、き…」
ガタン、と音が響く。桐原は飛び上がった。
「うわっ…と、脅かすなよ。音住」
言いながら桐原は胸を押さえ、急に立ち上がったクラスメートを睨み付ける。
「お前ってそういう悪ふざけする奴だっけ?」
音住はボソリと呟いた。
「…とは限らない」
「え?」
「嫌われると死ぬ人間は、矢森さんだけとは限らない」
「何言ってるんだよ」
桐原が呆れたように言う。
「こんなの嘘に決まってるだろ。なあ、皆。こうなったら、一人ずつ死なないかどうか試してみるのはどうだ?」
「やめろ!」
叫んだのは宇佐木だ。
「…桐原、もしお前がそうだったらどうする?」
「え?」
桐原は、途端に青い顔になる。
「そういえば、私、あの日…美桜が死んだ日、中庭で音住くんが美桜と話しているの見た」
そう言ったのは委員長だ。
「じゃあやっぱり、あれは美桜が書いたの?」
「まさか本当だったりして…」
「そんな…」
「もしかして、美桜も…」
「私は大丈夫だよね?」
恐怖はさざなみのようにクラスに広がっていく。
やがて、誰も何も言わなくなった。
長い沈黙の後、桐原が呟く。
「音住、お前、何か知ってるのか?」
「…言ってもいいの?」
「いや…」
桐原は押し黙り、教室には再び静寂が訪れる。
「私、帰る」
やがて、耐えきれなくなったように一人の女子が、カバンを持って部屋を飛び出していく。
それに続くように、皆、無言で教室を出て行った。
「何してんだよ」
私の他に1人残った音住が、長いポニーテールの先を弄りながら言う。
「なんで頷くんだよ。断れば良かっただろ。桐原の理由によっては、あんたは死んでた」
「…病気の事、知ってるの?」
「ああ。妹がその病気だった」
だった、ということは、もしかして亡くなったのだろうか。
「美桜の事も?」
音住は頷く。もはや、驚きはない。貴先生の話を聞いて以来、驚きも恐怖もどこかに行ってしまったようだった。
「私、死んでも良かった」
そう言った私を、音住は睨み付ける。
「はあ?」
「だって…」
由香里と貴先生。2人の悲しみが、頭にこびりついて離れない。美桜の母親もそうだ。涙ぐんだ目で、愛おしそうに由香里の話す美桜の話を聞いていた。
知ってしまったのだ、私は。美桜の命の重みを。
私は、皆の大切な人を奪った。だから、償わなければならない。美桜を愛する人達の顔を思い浮かべる。ほんの少しだけ、美桜が羨ましくもあった。私にはあんな風に泣いてくれる人はいない。
「私、美桜を殺したから」
これは知らなかったのだろう。音住は僅かに眉を寄せる。
「ぶつかったの、肩が。そのまま走り抜けた」
「そんなの殺したことにはならないだろ。嫌われたと古具間さんが勝手に思い込んだだけだ」
「違う」
後悔は私にもある。あの時の貴先生のように。
「私は、何年もかけて…美桜を殺した」
最初のコメントを投稿しよう!