エピソード1

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エピソード1

 22時3分7秒。もう32分も返信がない。  心臓が脈打つ。私は、何かおかしな事を送っただろうか。何十回と見返した携帯のメッセージ画面をもう一度開く。 『教科書の27ページから36ページまでだよ』  32分前に私が送ったメッセージだ。明日の小テストの範囲。その横には小さく「既読」の文字が付いている。なのに返信がない。  もしかしたら、彼女からのメッセージに気付くのが遅かったから怒っているんじゃないだろうか。それとも私の送った文章が素っ気なかったから?もっと絵文字やスタンプを使って可愛くすれば良かったのだろうか。  謝罪のメッセージを送ってみようか。いや、二度も続けて送ったら返事の催促をしているみたいで面倒だと思われるかもしれない。じゃあ、どうしたら?どうしたら私は嫌われずに済むのだろうか。  暑くもないのに、背中に汗が伝う。もしかしたら、もう嫌われているんじゃないだろうか。だから、質問はしたけれど返事は返ってこない。  明日、もし無視されたら?お前なんて嫌いだとはっきりと言われたとしたら?…学校を休んでしまおうか?だけどそうしたら、今度は先生や親が私の事を嫌いになるかもしれない。  携帯を持つ手が震える。涙と鼻水が、膝の上に抱えたクッションに染み込んでいく。  大丈夫。大丈夫だ。今日、私は嫌われるような事はしていない。誰にでも親切にした。掃除や委員の仕事も率先してやった。あの蝶のような女子達の輪の中にも入った。出しゃばらず、時折頷きながら、微笑んで彼女達の話を聞いた。美桜がそうしていたように。だけど、今までは…?私は誰かを傷付けたりしなかっただろうか。否定するような事を言わなかっただろうか。分からない。だって、3日前までの私は他人の事なんてどうでもいいと思っていたのだから。休み時間に連れ立ってトイレに行く事、お揃いのグッズを持つ事、誰かの話に同調する事、人と足並みを揃える事。それら全てを馬鹿げた事だと思っていた。たった一人、地を這うトカゲ。孤独な日陰者。それが私で、それで構わなかった。他人なんて、道の端に立つ木と変わらなかった。その枝を手折ったとして、かつての私は気にも止めなかっただろう。  濡れたクッションに顔を埋める。今、私は嫌われていないと、どうしたら分かるのだろうか。  携帯の着信音。慌ててメッセージを開く。『今から帰る』宛先には父親の名前。彼女からではない。私は携帯を振り上げ、一瞬考えた後、代わりにクッションを壁に投げつける。  ガタガタと震える身体を自分の腕で抱き締める。 「助けて…お願い」  誰も私を嫌わないで。  もし嫌われたら、私は死ぬ。美桜のように。 「なんで私が…こんな…」  これは報いだろうか。  私が、美桜を殺したから。
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