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008 終わりに
『本当に、大丈夫でしょうか』
虎野さんは、不安そうに僕を見つめる。
『大丈夫ですよ』
僕は、そう返す。
舞台裏。家庭教師の少年は、今もなお、客の整理をしている。
「なんでこっちに来なかったのかな」
疑問の理由は、分かっていた。
最後まで、会わないつもりなのだろう。
まったく、どこまで格好いいのやら。
結局僕らがとった作戦は『復活ライブ』だった。
先輩の『孤独世界』で、ある一定の地域を囲い。
僕の『反響世界』で、架空のホールを作り上げ。
うてなの『直感世界』で、観客を呼び集めた。
つまり、デモンストレーションなのだ。
『さあ、開演ですよ』
声をかけると、彼女は下を向いた。
『やっぱり無理です』
マイクをつけ、衣装を着た。そこまでで、本当は良いのかもしれない。でも、ここまで来たのだから、知ってもらわないといけない。「失敗を割り切る」ということを。
『どうしたんですか』
『だって、私は』
言葉を詰まらせた。こんな時、彼だったら何と言うのだろう。先輩だったら、うてなだったら。
なんとなく、うてなが言いそうな言葉が、良い気がした。
『良いんですよ、失敗したって』
『そんな、投げやりな』
『本物って、どうして本物だと言えると思いますか?』
『分かりません』
『偽物があるからです』
少しだけ決まった気がして、僕は饒舌になる。
せっかくのチャンスだ。格好つけたいのだ。
『失敗があるから、成功だと言えるのです』
後から考えると、割とそうでもない台詞だ。
しかし、彼女は分かってくれた。
下を向いていた顔を上げ、力強い視線で、『頑張ります』と僕に告げた。
舞台袖から見える演出は、まさに冬を表していた。
全面に広がる雪。炬燵式の席。炬燵にはみかんまである。
寒くて、暖かい、冬の日だった。
春に生まれた思いは、夏にどんどん膨らんで、秋には落ち着きを取り戻し、冬にぎゅっと閉じこもる。そして、春に花開く。
『礼は、楢本君に言ってな』
舞台に上った彼女は、サムズアップした。
「聞こえた、か」
閉じていた彼女の幕が、上がる。
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