中島梓

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その日帰ると、珍しくリビングの革張りのソファに、父親の姿があった。 父は科学者とやらで、いつも研究所に詰めている。細胞やら何やらで実験しているらしい。 クリップで留めた分厚い紙の束は資料だろうか。しかめっ面で睨んでいた。 声を掛けることなく、今日の夕飯に手をつけようとすると、低い声で「おい」と呼ばれた。 否応なしに体がビクッと震える。 そっと横目で見ると、父は俺の方を見てなかった。 「こっちに来い」 「……メシ、食べるんだけど」 「先に話がある」 手に持っていた皿を置き、俺は大袈裟にため息をついた。そうでもしないと、緊張で体が強張ってしまいそうだ。 相手はでかい。中学三年生の俺なんて、到底歯が立たない。 父親らしいことを何もしてないくせに、こういう時だけ威圧感を放ってくるからずるい。 俺はソファの傍らに怠そうに立って、出来るだけ反抗心を表そうと低い声で言った。 「何」 「今日、担任の先生から連絡があった」 父はローテーブルに紙を叩きつけるように放った。 「授業に出てないそうだな」 やけに響く声。 俺は金縛りにあったみたいに動けなくなった。情けないことに、声さえ出てこない。 「(すぐる)英美里(えみり)は真面目に勉強してるのに、お前は何やってんだ」 何も言うことができない俺を、父は下からジロリと睨みつけてきた。 「出来が悪いのは、お前だけだ」 そして、父は俺を押し除けた。 力を失くした俺は、簡単に吹っ飛ばされてフローリングに尻餅をついた。そんな俺を見ることもせず、父はリビングを出ていった。「なんだその頭は」と悪態を吐きながら。
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