中島梓

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彼女の両手に、円柱形の猫缶が握られている。 「猫に餌やってんの?」 「はい」 俺から無情にも離れて、クラスメイトの足元に擦り寄る黒猫。彼女はスカートを押さえながらしゃがんで、持っていた小さな缶詰をパキン、と開けた。 なんとなく上半身を起こして、頭を突っ込んで餌に食い付く猫を見ていた。視線をずらすと、彼女の口元が優しく笑っていた。 「野良猫?」 「多分」 「連れて帰って、家で飼ったら?」 「親が嫌がるんで」 まあ、そうだよな。俺はつまらない答えに溜め息を落として、もう一度寝転んだ。 空には呑気な雲がぽつんと浮かんでいて、ゆっくりと流されていた。 彼女は俺に何も話しかけない。 俺も話すことがない。相手に興味もなかった。 休み時間は取り分け、こっち側の棟は静かで、フェンスの向こうを走る車も少ない。静かで、物音もしなかった。 やがて、クラスメイトは「じゃあ、お先に」と遠慮がちに言って、教室に帰っていった。 返事もせず、俺は目を閉じた。 もうこれっぽっちも眠くなかったけど、やることがなかったから。 俺みたいなやつなんて、生きてる価値は、多分ない。
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