未来への条件

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未来への条件

(1) 僕はテレビに釘付けになっていた。 空兄さんも見ている。 クラスメートが出てるらしい。 汗まみれになってピッチを走り回る選手たち。 性別なんて関係ない。 身体を張ってボールを確保する。 今日はU-20女子W杯決勝。 日本の相手はスペインだった。 ボールの支配率は圧倒的に日本だった。 もちろんスペインの守備は固い。 そしてなかなか枠の中にシュートが決まらない。 前を向く事すらできない堅固な守備。 エースの水島みなみもマークがついて思うようにパスを受け取れないでいた。 試合を見ているとつい夢中になってしまう。 自分ならどう動くか? 今ならあそこに飛び込める。 ドリブルでかわせるはず。 色んなプレイをイメージしながら試合を観ていた。 夢中になっている僕をただ見守っている父さんと母さん。 そして父さんはぼーっと見ているようでしっかり要所を抑えているようだ。 「冬吾、しっかり見てなさい」 父さんがそういうと決まって凄いプレイが出てくる。 コーナーまで追いつめられた日本のSHがクロスを上げる。 ゴール前にいたみなみ選手が少し下がる。 ゴールに背を向けていた。 しかしタイミングを合わせてバイシクルシュートを決める。 家族は皆拍手していた。 このプレイでみなみ選手はハットトリックを決めた。 3点差がついたこの試合。 だけどサッカーは終了するまで分からない。 僅か10分で3点決められて逆転負けした試合だってあるそうだ。 最後まで集中力を切らしてはいけない。 強気で行かなければいけない。 そして日本代表は最後まで容赦なく攻め続けた。 そして優勝を決めた。 盛り上がるサポーターたち。 実況も興奮していた。 「終わったのでしょ?そろそろ寝る時間ですよ」 母さんがそういうので僕は部屋に戻って寝る。 次の日朝刊のトップを飾っていた。 「点を決めるのが私の役割なので必死でした」 みなみ選手はインタビューでそう答えたらしい。 点を決められると思った時全体がスローモーションになって自分のするべきプレーが見えてくるんだそうだ。 その感覚は何となくわかる。 僕も得点につながるプレイをする時周りが止まって見えたりする。 なんとなく先が見える。 その一連のプレイが絵となって思いつく。 翌日サッカーの練習があった。 当たり前だけど夏でも練習をする。 僕達はいつも通りボールを蹴っていた。 皆の話題は昨夜の決勝戦。 僕もリフティングをやりながら皆の話に混ざっていた。 両足を使わない理由は左足で蹴るのが得意だから。 最初は注意されていたけどやがてされなくなった。 皆は回数を競っていたけど僕は混ぜてもらえなかった。 別に仲間外れにされているわけじゃない。 止められるまで延々と続けているから、回数を数えるのも馬鹿馬鹿しくなる。 もちろん基礎トレーニングも忘れない。 走り込みもちゃんとする。 昨日の試合を見て改めて分かった。 1回の試合で幾つもチャンスがある。 だけど全てを確実に決められるわけじゃない。 一つでも多くのチャンスを活かす為にはとにかく動くしかない。 試合フルに動けない選手は要らない。 フルに動くというのは闇雲に走り回る意味じゃない。 戦術的に自分が何をするべきかどこにいるべきか考えて動き、いつでも動ける状態にしておくこと。 そうやってチャンスを作り出す。 しかし、まだ僕達は子供。 難しい理論なんて必要ない。 今はただ体力をつける時。 もちろん一日中走ってるわけじゃない。 指示された分だけ走る。 ただランニングするだけじゃない。 時にはダッシュだけをするときもある。 練習の時に出来るドリブルテクニックも試合で使うメンタルが無ければ意味がない。 コースが空いていればシュートを打ち、無ければドリブルで突破する。 それらを瞬時に判断する頭脳が求められる。 バテてる状態で出来るわけがない。 僕や誠司達はスタメンとは別メニューをこなしている。 それは全部試合に出る為の準備。 それも短時間。 あとはひたすらボールで遊んでいる。 練習が終わると母さんが迎えに来る。 家に帰るとお風呂に入って夕食にする。 夏休みの宿題は7月中に済ませる。 片桐家のルールに従っている。 だから夏休みの終わりに慌てることはしない。 最近はゲームをしたり父さん達とリビングでテレビを観たりしてる。 父さんはあまりテレビに興味はない。 じゃあ、何で見るのだろう? そう父さんに聞いたことがある。 「世の中興味がある事だけをやってたらダメなんだ。例えばテレビの話題を会社でやっていたらそれに混ざる知識が必要だろ?」 父さんはそう答えた。 それに様々な視点から一つの物事を捕らえる事が必要だ。 例えばネットの記事だけに偏った知識は物事を正確にとらえることは困難だと言う。 もちろんゲームも必要だ。 まだ小学生だからゲームの話題は出てくる。 22時になると部屋に戻る。 瞳子にメッセージを送る。 宿題に追われてるそうだ。 「冬吾君はもう終わったの?」 「7月中に終わらせたよ」 「何でそんなに早いの!?あ、お姉さんたちに聞いた?」 「ちゃんと自分でやったよ」 「すごいな~」 瞳子は驚いていた。 もうすぐ夏休みが終わる。 また皆に会える。 きっと日焼けして真っ黒なんだろうな。 2学期が始まるのを楽しみにしていた。 (2) 「失礼します!大区工業高等学校建築科3年亀梨光太です。履歴書を持ってまいりました」 科棟の職員室に行くときに必ず言わなければならない事。 夏休みの間は徹底される。 そしてその儀式を終えて認められると入室を許可され担任に履歴書をチェックされる。 夏だから汗をかく。 当然手汗もかく。 その汗で履歴書が汚れないようにタオルをして書く。 例えば名前を書く時、前は何センチ後は何センチ。上下の隙間も指導される。 当然、ボールペンで書く。 一発勝負だ。 失敗したらやり直し。 履歴書がもったいないのでコピーしたのを使って練習して許可が下りたら清書する。 チェックが細かい。 この字はここはハネが必要だとか、真っ直ぐじゃなくて少し曲線気味に書けとか。 住所を書いたりするのは大変だ。 学歴も小学校卒業から書く。 そして持っている資格等を書き込む。 一応真面目に勉強してきたので取れる資格は全て取って来た。 ただ暇をつぶして過ごしてきたわけじゃない。 だけどこの時ばかりは資格の量を恨めしく思った。 あまり字が汚いものはシャーペンで下書きしてボールペンで書くというやり方をする。 注意しないと下書きを消しゴムで消す際にボールペンのインクがかすれてしまう。 当然やり直し。 要領のいいものは夏休み頭でこの作業を終えていたけど俺と麗華はこの時期まで残ってしまった。 そしてこの日ようやく1枚の履歴書が完成した。 埋まってないのは志望動機のみ。 志望先が公表されていないので当たり前だけど。 それを持って教室に戻ると荷物をまとめて帰る。 俺達の学校生活最後の夏休みは履歴書作成で終わってしまった。 それじゃ、あまりにも酷いからせめてカラオケくらい行くか?と麗華を誘った。 カラオケで何時間か過ごして夕食を食べて帰る。 来週からはいよいよ2学期だ。 2学期が始まれば求人票が掲示される。 就職先が決まってるらしい俺達は関係ない事だけど。 甲子園も終わりインターハイも終わり夏の終わりが来た。 部活生は最後の大会を終わらせた。 国体にでる選手はまだだけど。 SHの中にも何人かいた。 皆どんな夏を過ごしたのだろう? これからどんな2学期が待っているのだろう? 夏休みは終わるけど暑い日々はまだ続くようだ。 (3) 「事故にはくれぐれも気をつけなさい」 母さんが言う。 「行ってきます」 母さんに言うと僕は車を出した。 何日か前に僕の車が出来上がった。 それを受け取ってきて休日に初ドライブすることになった。 母さん達もついて行こうか?と言っていたけど「初めてなんだから2人で楽しんできなさい」と父さんが言う。 それから水奈と二人でどこに行こうか相談していた。 母さん達にも聞いてみた。 「今なら大観峰にでも行ってみたらどうだい。行きと帰りを違うルートで帰れるし」 お勧めのお店もあるという。 僕はそこに決めた。 大観峰に行くにはいくつかルートがある。 いずれも瀬の本高原を通るんだけど。 朝は海が見晴らしが良いだろうと別府周りにで山を登って水分峠を抜けてやまなみハイウェイを通っていく。 水奈は隣でFMラジオを聞きながら上機嫌で話していた。 父さんの言う通り混んでるのは水族館の前くらいで後はすいすいと進めた。 別府に着くとコンビニでジュース等を買ってから再び出発する。 山を登っていると水奈は助手席から外を見てその綺麗な景色に感動していた。 遊園地の前を過ぎて湯布院を越えて水分峠で再び休憩する。 何か買うわけじゃない。 最初のうちは緊張するから休憩しながら行きなさいと父さんが言ってたから。 確かに疲れる。 峠道を抜けてきたせいもあるけど。 水奈がソフトクリームを奢ってくれた。 ありがたくいただく。 「ここでお昼食べてく?空お腹空いてない?」 水奈が聞いてくる。 「大丈夫、父さんの言ってた店が気になるし我慢するよ」 「空だったらここで食べても食べられるだろ?」 まあ、そうなんだけどせっかくなら空腹で楽しみたい。 車に乗ると目的地に向かう。 ひたすら広い高原かと思ったら再び山を登る。 案の定煽ってくる車がいた。 車間距離を詰めて来てパッシングしてくる。 ハザードランプをつけて道を譲る。 後方の車は激しい音を鳴らして一気に僕達を抜き去っていった。 白いラリーカーだった。 「空も本当はあんな車乗りたかったんじゃない?」 翼が聞いてくる。 「まあね、ディーラーで試しに運転席に座らせてもらった」 「どうしてこの車にしたの?」 「運転しやすそうだったから」 車高が高いから。ゆったりした空間だから。シートも座り心地が全然違った。 そして山道も難なくこなせる。 茜に弄ってもらえたら飛ばすことも可能だろう。 ただそうするとこの車を買った意味が無くなってしまう。 ハンドルも軽い。 難点は燃費が悪い事。 ディーゼルだけど車体がデカくて重いのとタイヤもでかいせいだ。 それ以外は特に問題ない。 ディーゼル車なのに不気味なくらい静かに走る。 燃費も悪いといったけどさっき僕を抜き去っていったスポーツカーよりは僅かに良い。 それに燃料はハイオクを使う。 何より狭いし、五月蠅いし乗り心地悪い。 ドライブ中だってデートなんだ。 隣に座っている水奈に不快な思いをさせたくない。 そんな話をしているうちに目的地に着いた。 駐車場は空いてた。 車を止めると車を降りて丘を上がる。 その先に広がる巨大ならカルデラ。 水奈は写真を撮っていた。 自撮り棒も持ってきていたらしい。 看板の前に立って2人で写真を撮っていた。 「空にも送ってやるよ」 水奈はそう言いながらスマホを弄っている。 景色を楽しむと来た道を戻る。 そして父さんの言ってた店に寄るとうどんと高菜めしのセットを頼んだ。 水奈はそばだけにしていた。 父さんが勧めるだけの事はある。 美味しい。 水奈は食べる前に写真を撮っていた。 時間は14時を回っていた。 帰りは竹田に抜けて朝地・犬飼へと抜ける。 自動車道が途中まで通っていたけど敢えて国道を通った。 ケチったわけじゃない。 だってただなんだから。 ゆっくり帰って夕食途中で寄って帰ろうと決めていた。 国道を夕方になるとやはり混む。 地元に着く頃には日が暮れていた。 夕食を食べて家に帰る。 「おかえり。どうだった?」 父さんから聞かれた。 「楽しかったです」 水奈が嬉しそうに話す。 天音や茜が今度は私達も乗せてと言う。 風呂に入って部屋に戻る。 メッセージを観ると善明の車が届いたらしい。 見た目は普通のSUV車と変わらない。 だけど、僕の車が2台は買える値段だそうだ。 燃費もスポーツカーと変わらない。 まあ、燃費を求める会社の車じゃないんだけど。 夜に水奈からメッセージが届いた。 「今日はお疲れ様」 「ありがとう」 そうやって一日の疲れを癒してベッドに入る。 疲れていたせいかすぐに眠れた。 翌日学校に行くときに車庫を見ると少し汚れていた。 今度洗車してやらないとな。 そして自転車で学校に向かった。 (4) 「じゃあ次亀梨光太君どうぞ」 「はい」 俺の番が来たようだ。 「失礼します」 学校で習って来たとおりに挨拶する。 「かけてください」 椅子に座る。 今日は俺と麗華は入社試験を受けていた。 筆記試験を終えた後少し休憩して面接に入っていた。 他校からも何人か来ている。 「じゃあ、まず当社を志望した理由を聞かせてください」 面接官は全員で5人いる。 緊張はしていたが、次々と投げかけられる質問に答えていた。 一通り質問が終ると面接官がくすりと笑う。 「随分学校で練習したんだね」 ちょっと捻った方が良かったか? 「車の免許はこれから取るの?」 「はい」 「早く取っておいてね。家から会社までの通勤に慣れて欲しいし」 「あ、通勤は徒歩にしようかと思っていたのですが」 「営業にしろ現場監督にしろ車は必須だよ。もちろん社用車も用意してあるけど君営業希望?」 「そういうわけではないんですけど」 「現場に直接行ってもらうから車は買っておいてね」 「分かりました」 「最初は雑用が多いけど頑張って」 「はい」 「残業は極力させないように上から言われてるから心配しないで」 ああ、俺採用決まってるんだな。 「じゃ、今日はご苦労様でした。頑張って学校卒業してね」 「ありがとうございました」 そう言って俺は退室する。 「どうだった?」 「採用は決まってるみたいだ」 麗華に答えた。 それからしばらくして麗華が呼ばれる。 「そんなに緊張する必要ないぞ」 「分かってる」 そう言って面接室に入る麗華。 10分くらいで出てきた。 「どうだった?」 「受付をやってもらうから化粧くらいは覚えて来てくれって」 麗華はそう言って笑顔をみせた。 夕方を過ぎていたので家に連絡して夕食は2人で食べた。 翌週職員室に呼び出された。 渡されたのは採用通知書。 来年の4月から働く事になる。 その翌日俺は自動車学校に手続きに行った。 中免を持っていたので若干早く免許を取れるみたいだ。 そして免許を取ると父さんと一緒に車を見に行く。 乗る車は決めてあった。 皆より一足遅いけど車を手に入れた。 色々弄りたいけどまた麗華の苦情が来る。 我慢しておいた。 週末に麗華とドライブに行った。 麗華は少し化粧していた。 今のうちに練習しておこうと思ったのだろう。 「化粧似合ってるよ」 「わき見しないで前見て運転して」 せっかく内定決まったのに事故死はごめんだ。 麗華はそう言って笑う。 いつか見たあの夢を両手でだきしめたら、離さず諦めずに信じ続けよう。 輝く時の中で守り続けよう。 辿り着くときまでこの手を離さない。 ずっと追い求めていく。
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