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夢を忘れた人々
(1)
今日は皆コンビニに集まっていた。
SH大学生・社会人組による合宿。
目的は親睦を深める事。
実際新年度になって知らない顔が何人かいる。
そして私もなぜか当然のようにいた。
高校生なのは私だけ。
空が誘ってくれた。
「偶には息抜きもいいだろう」
私はいつも息を抜きっぱなしなきがするけど。
空は皆に私を紹介すると私に飲み物とか買ってきてと財布を渡される。
適当に選んで籠に入れるとレジに並ぶ。
空の好きそうなお菓子やおにぎりも入れておいた。
空の家には毎週末泊まりに行ってる。
それだけじゃなく毎日空の夜の相手をしてる。
変な意味じゃない、たまにはあるけど大体がゲームしたりテレビ観たりしてる。
もちろん家で勉強が大体だったけど買い物に行ったり遊びに連れて行ってくれたりもした。
会計が私の番になると善明が私から籠を取りあげた。
「すいませんまとめてお願いします」
そう言って善明はカードを出す。
空から財布を預かってるから大丈夫だといったけど「大切なゲストなんだから気にしないでおくれ」と善明は言う。
袋を受け取ると外に出て空に説明する。
「善明ありがとうね」
「いやあ、僕もポイント溜まって助かるんで気にしないでいいですよ」
コンビニの買い物で溜まるポイントなんてたかが知れてる。
しかしこうでもしないと善明は仕送りと使い切れないらしい。
そして月末に母親に怒られたそうだ。
「あなたケチ下さい生活して海璃を困らせてるんでないでしょうね?」
「い、いや。他の人に比べたら十分すぎるくらいの生活をしてると思うんだけど。ねえ?海璃」
「ええ、支払いは全部善明に任せてるから私の分が使えないくらいで。そのお金で新婚旅行に行こうって」
「そんなお金はちゃんと用意してあります。気にしないで遊びまわっていいのよ?」
そんなやりとりがあったから何が何でもお金を使おうと必死なんだそうだ。
だから合宿で食べる食材や飲み物は全部善明のお金らしい。
一体どれだけもらってるんだか……。
贅沢な悩みだな。
準備が終ると出発する。
高速に入って湯布院まで行く。
湯布院に美希の別荘があるらしい。
温泉付きだそうだ。
どんな別荘なんだろう?
空とそんな話をしながら湯布院へ向かう。
別荘と言うか旅館と言うか……。
でっかい建物だった。
部屋割りを美希が言う。
皆それぞれカップルで部屋を分けられる。
昼飯はインターそばの瓦蕎麦屋で食べた。
初日の昼は自由時間。
3日目に湯布院散策を予定しているのでみんな他の所に遊びに行く。
と、なると結局皆同じ場所に向かう。
水分峠のドライブイン。
景色もいい。
お土産とかも選んでいた。
よくあるどこも似たような土産物ばかり。
別荘に戻るとBBQの仕度にはいる。
女性陣が主導して準備する。
そして男性陣が火の準備をして肉を焼き始めると光太が「おつかれさまでした~」と言って宴が始まる。
光太と光太の同僚の岡沢克樹が羨ましいものを飲んでいる。
私もそれをもらう。
もちろん空と一緒の時にしか飲まない。
男性陣は男性陣だ固まって話をして女性陣は女性陣で話をしている。
話の内容は学校で何があったとか麗華達の苦労話とか同棲していて大変な事とかそんな話。
私はジュースを飲みながら話を聞いていた。
「水奈はどう?空の部屋に通ってるんでしょ?」
部屋が散らかってるとか台所が酷い事になってるとかないか?と聞かれた。
残念ながら空にはそう言うのが全くない。
多分私の部屋より綺麗だと思う。
私が来るときだけ綺麗にしているという可能性もあったが。
肉が尽きると皆で片づけてお風呂に入る。
女子高生と女子大生ではやはり色々と格差がある。
ちょっと惨めな気分になった。
「水奈も来年には同じようになるから」
美希が励ましてくれた。
「そうそう、私達はこれ以上の成長はないんだから、いずれ追いつくよ」
そう言って年々大きくなっていく美希の胸はどう説明するんだ?
そのあと女子は女子なりの下ネタトークを繰り広げる。
後は私に高校生活はどう?って聞いてきたり。
大学でも似たような感じらしい。
空の名前は大学にも広まっていた。
手を出したら割に合わない。
その構図は未来永劫続くのだろう。
話をしているとのぼせてきたので風呂を出る。
デカいホールで菓子と飲み物を広げて男子達が騒いでいた。
そんな中に女子達が混ざって深夜までどんちゃん騒ぎが続く。
深夜になると美希が言った。
「男子は今日は早く寝ておいた方がいいよ」
「どうして?」
空が質問する。
「僕もそう思うね、明日の朝は多分みんな大変だと思うから」
善明は何があるのか知ってるようだ。
皆で部屋を片付けるとそれぞれの部屋に戻ってそして寝る。
明日の朝は大変らしいからただ空の体にしがみ付いて寝ていた。
そんな私の頭を空は撫でてくれる。
「空やっぱり私のこと妹と勘違いしてないか?」
「世界でただ一人の最愛の女性だよ」
そんなセリフ言ってくれるんだな。
少しうれしかった。
その言葉に甘えて最愛の男性の腕の中で眠っていた。
(2)
「ぎゃあ!」
バタン!!
一人また一人と須田由梨香さんに投げ飛ばされていく男性陣。
まあ、そうなるだろうなと予感はしていたよ。
「合宿ならあれしないとね」
「あれって何?」
「それはね……」
美希と美希のお母さんが話をしているのを聞いてしまった。
僕と空は平気だったよ。
僕は小さい時から仕込まれていたから。
空は球技以外なら何でもこなすから。
逆に須田さんを投げ飛ばしていたくらいだ。
しかし大半の男性陣は受け身の取りかただけ教えられて後は公開処刑。
それは海璃が「ご飯できたよ」と知らせにくるまで続いた。
満身創痍で朝食を食べる。
食欲がないなんて言おうものなら「そんなに訓練を受けたいか?」と言われる。
無理にでも流し込む。
そんな中でご飯が空になるまでおかわりを続ける空。
どんだけマイペースなんだろう。
朝食が終って片づけが済むと自由行動。
皆荷物が大量に詰める車を持っていたから食料や飲み物の補充は必要なかった。
悠々と散歩したり部屋で読書したり悠々と過ごしていた。
昼ご飯はオムライスにした。
ご飯を食べると部屋に集まってDVDの鑑賞になる。
誰が選択したのかしらないけどホラーものだった。
殺人ゲームを繰り広げる動画配信サイト。
楽しい連休に見るような映画じゃないと思うんだけどね。
隣を見ていたら選んだのが誰かすぐにわかった。
いや、この合宿を企画したのが誰か考えたらすぐに分かる事なんだけどね。
美希は嬉々として見ている。
やっぱり美希の母さんの血をしっかり継いでいるのだろうか?
シリーズは2作あるらしい。
怖いかどうかは別としてただその殺人のシーンが残虐で痛々しいものだった。
DVD鑑賞が終ると部屋を出てBBQの用意をする。
2日連続でBBQってのもおかしな気がしたけど気にしないことにした。
昨日と同じように飲んで食べて騒ぐ。
もっとも空は食べてるだけだけど。
「空、それまだ生だからダメ!」
「こんないい肉中まで火を通すのもったいないよ!」
そんなやりとりを繰り広げている。
光太と克樹は……もう放っておこう。
麗華と道香も呆れてるようだ。
「そう言えばいよいよ来月だね。W杯」
水島みなみに声をかけていた。
「そうだよ。まずはここを勝たないといけないからね」
「影ながら応援させてもらうよ」
「ありがとう」
「善明。婚約者を放って他の女性に声をかけるなんて度胸あったんだ?」
僕は海璃に耳を引っ張られている。
「ただ、大会が近いから応援をと思っただけだよ」
「ああ、そうだったね。みなみ、頑張ってね」
「ありがとう。頑張って海璃たちより先に子供作るから!」
今年はW杯、来年が五輪。
最短で来年の秋には挙式するそうだ。
ちなみに籍はもう入れたらしい。
SHの最初の結婚はみなみ達の様だ。
同棲をしていない方を挙げた方が早いグループ。
ちゃんとバイトして生計を立ててる人もいれば親にバイトを禁じられて仕送りでやりくりしてる者もいる。
しかし仕送りを使い切れと理不尽な叱られ方をするのは僕だけなんじゃないだろうか?
こんな大金どうやって一月で使い切れと言うんだい。
新卒の年収分くらいはある金額をもらってるのに。
空なら食費で使い切るかもしれないなと肉を食うのに夢中な二人を見て思った。
宴が終ると皆で片づけをして風呂に入る。
身体をあらって温泉に入ると全身の力を抜く。
風呂って本当に気持ちいいよね。
心が洗われるよ。
「大変そうだな、善明も」
両隣りに隣に学と空が座った。
「まあ、大変といえば大変だね」
「ちょっと2人に聞きたい事があるんだけど聞いてもいいかな?」
空が何が聞きたい事があるようだ。
「どうしたんだい?」
「いや、2人はデートにどこに連れて行ってるのかなと思ってさ」
「普通に映画やゲーセンじゃダメなのか?」
「学はそうしてるのか?」
「いや、最近は雑誌に載ってるところにドライブで行ってる」
「なるほどな」
「突然どうしたんだい?」
「いや、水奈がさ……」
水奈は空に妹扱いされてるんじゃないか?と不安に感じているらしい。
水奈はまだ女子高生。それに比べて学の周りは女子大生。
僕達には分からないけどその差がはっきりしているんだそうだ。
だからちょっと大人びたところに連れて行ってやりたい。
空はそう考えているらしい。
「そんなの簡単じゃん」
光太達が来た。
「明日湯布院でゆっくり散策すればいい。後は空のエスコートの仕方一つだろ?」
同じ手をつなぐでもただ普通に繋いで妹扱いされてると感じてるのなら恋人繋ぎしてやればいい。
光太が力説する。
学にも参考になったようだ。
「後は夜しっかり相手してやれば大丈夫だよ」
「それはしっかりしてるつもりなんだが……」
「抱き方一つでも気を配ってやれ」
「なるほどな……」
しかし空も大変だね。
中学生と高校生の格差の悩みが無くなったら次の段階が待っている。
色々と大変そうだ。
風呂を出ると女性陣達より先に2次会を始め出す。
そして女性陣が混ざって盛り上がる。
その日は夜遅くまで続いた。
飲み物が尽きる頃お開きにする。
片付けて部屋に戻る。
海璃と二人で部屋に戻るとベッドに入る。
光太に言われた方法試してみるか。
海璃を抱きしめる。
海璃はそれに応える。
そしてしばらくしてからこう言った。
「こういう風に抱けって言われたんですね」
驚いて海璃の顔を見る。
海璃はにこにこしていた。
「……聞かれてた」
「光太の声は大きくてよく響くから」
まさか、空の悩みも……。
「水奈も気にしてるみたいですね。自分が負担をかけてるって」
でも、水奈はまだそれが許される年頃なんだから今を楽しまないと損。
水奈もいずれは大きくなるんだから。
そう言って説得したそうだ。
「水奈と空も今頃楽しんでるんでしょうね」
「じゃあ、僕達も楽しむとするかい?」
「じゃあ、遠慮なく甘えようかな」
そう言って僕達は夜を楽しんだ。
(3)
「空、朝だよ」
水奈の声で目が覚める。
「おはよう水奈」
「おはよう。そろそろ起きないと朝ごはん出来てる」
どうやら寝坊したようだ。
「ごめん」
「大丈夫。昨日夜遅くまで付き合わせちゃったから」
「お互い様だよ」
「急いで着替えたら」
僕は着替えると食堂に行く。
皆もうすでに待っていた。
僕が席に着くと皆食事を始めた。
朝食を終えると片づけて掃除を始める。
掃除が終わると皆荷物をまとめて車に積んで最後に美希が鍵をかける。
「じゃあ、この後は湯布院行こうか」
光太が言うと皆車に乗り込む。
光太の車を先頭に順番に出発する。
僕達は最後尾に着いた。
皆運転が丁寧だ。
さすがにまだ車に傷つけたくないのだろう。
檜山君とか酒井君とかは特に。
「板金7万円コースか」
で済むレベルの車ではない。
父さんはどんなにキレて走っていてもぶつけない自信があるそうだけど。
湯布院に着くと流石にこの人数で集団行動はここでは無理なので集合時間まで自由行動になった。
とはいえ、善明と海璃、学と美希と一緒に行動していたけど。
学は早速光太のアドバイスを実践するみたいだ。
美希の手を恋人つなぎしていた。
美希は喜んでいる。
喜んでいるから解放的になるんだろう。
美希は手を振りほどくと学の腕に抱き着く。
「おいおい」
「ここならみんな似たようなもんじゃない」
そんな学と美希を羨ましそうに見ている水奈の腕の隙間にそっと僕の腕をすり抜けさせる。
水奈は僕を見る。
「いやだった?」
「そんなわけないだろ」
水奈は喜んでいた。
善明と海璃も同様だった。
女子という生き物は不思議な生き物だ。
何度同じ店に来ても同じものを手に取って楽しんでいる。
だったら買えばいいのにと思うけど買わない。
美希も水奈もはしゃいでいた。
そんな4人を僕はコロッケを食いながら、アイスクリームを食べながら、ぬれせんべいをかじりながら見てた。
「空も食べてばっかりじゃなくて私と一緒に選んでよ」
水奈が言うので一緒に選んでやる。
もちろん昼ご飯は蕎麦を食べた。
その後も犬や猫を見たり動物に触れたり湯布院を満喫していた。
最後に父さんが言ってた喫茶店に入る。
女性陣はその喫茶店オリジナルのデザートに興味を持ったらしくてそれを頼んでいた。
美味しかったらしい。
僕は普通にサンドイッチを頼んだよ。
後は喫茶店の下にあるお土産屋による。
竹細工や調味料、干物やせんべいなどが置いてある。
あまり使わないからいいやと僕と水奈は店の外のベンチに腰かけていた。
次に出てきたのは善明と海璃。
2人は柚子胡椒を買ったらしい。
確かにチャンポンなんかに入れると美味しい。
学と水奈はまだいろいろ探して楽しんでいるみたいだ。
2人が出てくると金鱗湖を眺めながら集合場所に向かう。
「じゃあ、3日間お疲れ様でした!この後は地元に帰って暇な奴だけファミレスで晩飯食って帰ろう」
光太がそう言うと皆車に乗り込み地元に帰る。
僕達はファミレスに寄ることにした。
禁煙席を占拠するとメニューを見ずに店員を呼んで注文する。
もう呪文のように覚えてるから見る必要がない。
「初参加の人はどうだった?」
光太が聞いていた。
皆初めてなんじゃないのか?
新人は皆楽しかったと口を揃えて言う。
夕食を済ませると僕達は店を出る。
そして解散して水奈を家に送る。
「また明日行くから」
家に帰ると洗濯物をまとめて洗濯機に放り込む。
そして風呂に入って寝室で寛ぐ。
疲れていたのかそのまま眠ってしまった。
(4)
試合は膠着したまま後半に入っていた。
こっちも相手も決め手がないまま時間だけが過ぎていく。
誠司のパスは相手に致命傷となるパスが多いがそれに対応できるほどうちのレギュラーもまだ練習を積んでなかった。
伽夜から誠司、そして隼人のラインは試合が始まってすぐ警戒されてしまっている。
こっちの戦術を研究しているようだ。
あと一歩が届かない。
冬夜達も応援に来ていた。
冬吾は試合に馴染むまでに少々時間を必要とする。
幸いホームだったので多少時間は短縮されるだろうけど。
それでもアディショナルタイムを含めて10分は必要だろう。
逆に言えば10分で試合を覆す能力を持っている。
「監督、そろそろ手を打たないと」
伽夜と誠司と隼人はスタメンで出場させた。
万が一の事を考えると全員控えに回して無駄に交代枠を使うわけにはいかない。
3年間できっちり体力面は鍛えてきたようだ。
しかし冬吾は別だ。
ラフプレーで怪我でもされたら冬夜に合わせる顔がない。
残り15分を切った。
先に動いたのは相手の方だった。
消耗しきった選手を入れ替えて勝負を仕掛けるつもりだろう。
切札は先に見せるな。という言葉がある。
誠司達はまだ動ける。
そして相手は延長戦を嫌っている傾向にある。
もう限界なんだろう。
こっちも動くか。
鍛えてるとはいえまだ3年生。
6年生が主体の相手チームに対して不利なのは承知している。
こっちも延長戦は避けたい。
「冬吾、準備しなさい」
俺が言うと冬吾はベンチから立ち上がり、運動を始めた。
その事は誠司も気づいているだろう。
頃合いを見計らって誠司はボールを外に出す。
「冬吾、無理はするな」
「はい!」
元気に答えて冬吾は交代する。
冬吾のプレイは冬夜に似ている。
最初終分間は場の空気に馴染もうとする。
計算通りホームのグラウンドという事もあってすぐに把握できたようだ。
誠司に近づいて何か耳打ちしている。
それを聞いた誠司は頷いた。
誠司がボールを受け取るとサイドにボールを蹴り出す。
コーナーに空いているスペース。
もちろん冬吾の事も研究されていた。
冬吾にもきっちりマークがついていた。
だけどそれは冬吾にとって好都合だったようだ。
冬吾の加速力は6年生も圧倒するものだった。
冬吾が動き出すとあっという間にマークを振り切ってしまう。
そして丁度いいタイミングでボールが冬吾の足元に飛び込んでくる。
冬吾は確認もせずにゴール前へ目掛けてボールを蹴り上げた。
普通にゴール前で待機する隼人へのセンタリングだと思う。
キーパーも隼人の動きに合わせて待機する。
小学生がジャンプしたくらいじゃ届かない高さのボール。
サイドチェンジか?
そう考えたキーパーは飛び出すべきタイミングを誤ったみたいだ。
ボールはバーの下ぎりぎりを横切って逆サイドへ飛んでいくかに見えた。
冬吾の打つシュートは皆無回転シュート。
うちのチームを研究していた相手はそう誤解してらしい。
冬吾の厄介なところはそれを瞬時に判断して使い分けるところにある
僅かに回転のかかったボールはゴールに吸い込まれるように曲がり出す。
それに気づいたキーパーが飛び出すがもう手遅れだった。
冬吾のシュートはポールにあたり跳ね返ってゴールに入る。
冬吾が試合に参加して僅か数分で拮抗を壊して見せた。
しかもたったの1プレイで。
残り時間もない。
まだ小学生。
心をへし折るには十分なプレイだった。
その後も冬吾は果敢に攻め続ける。
相手監督の激が飛ぶ。
「たった一人相手に何やってるんだ!」
そう冬吾を過小評価したのが敗因だろう。
残り時間ぎりぎりでの失点。
どんなにメンタルを鍛えていても焦り等が生じる。
しかし冬吾にはそれがない。
前線でボールを受け取り高速でドリブルで駆け回り緩急をつけたり異常な速さでフェイントでDFを躱していく。
普通1対1になったら相手のフェイントに対応できるように間合いを取るのがディフェンスの常識。
ただ冬吾にはそれが通用しない。
速いドリブルで間合いを詰めてから体を躍らせるようにして相手を躱していく。
ドリブラーというわけでもない。
隙を見せたら素早くパスを出したり容赦なくシュートを打つ。
そして何人かで冬吾を嘲笑うように踵で後ろにパスを出し隼人がシュートを決める。
試合終了時、冬吾はハットトリックを決め1アシストするという派手な公式戦デビューを飾った。
相手は福岡の強豪チーム。
勝っただけでも賛辞を送ってやりたいが、現状で満足させてはいけない。
試合後それぞれの選手にミスを指摘する。
まだまだお前たちはこんなものじゃない。
もっとやれるはずだ。
特に冬吾には厳しく当たる。
「冬吾は左足だけ使うという癖を治す努力をしなさい。あと試合中はもっと必死になりなさい」
冬吾はいい意味でも悪い意味でもプレッシャーを感じない。
そういう相手にあたったことが無いのだからしょうがないのかもしれない。
左足でしかボールを触らない選手というのもいないわけじゃない。
今のままでもいいのかもしれないがもっとプレイの幅を広げてやりたかった。
反省会が終ると皆着替える。
渡辺班はこの後店を取っておいてくれたらしい。
誠司達のデビュー戦の祝勝会を開いてくれた。
「初めてサッカーの試合を生で見たけどまだ子供なのにこれほど皆を虜にするものなのか」
木元先輩が言っていた。
「資質だけで言うなら冬夜の小学生時代より数段格上ですよ。まだ伸びるかと思うと恐ろしく感じます」
俺はそう答えた。
冬夜には欠点があった。
ドリブルを極端に嫌う。ボールに対する積極性がない。
だけど冬吾にはそれが全くない。
「僕も驚いたよ、デビュー戦でここまでやるとは思わなかった」
冬夜自身も驚いたらしい。
そして困惑していた。
冬吾のことを思ったらここで満足させてはいけない。
だけど冬吾には欠点がない。
あるとすれば挫折をしらないくらいだ。
しかし下手に挫折させてサッカーを嫌いになってはいけない。
何かいい手はないものかと冬夜と相談していた。
多分冬吾のことだ。そこら辺の中学生と試合をさせても同じような展開に持っていくだろう。
もっと上級レベルの課題を与えてやらないといけない。
それは思わぬところから舞い込んでくることになった。
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