暁の空へ

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暁の空へ

(1) 「空、なんか飲み物ある?」 水奈がそう言って発育の良いシルエットを惜しげもなく晒して冷蔵庫に向かう。 「水奈、誰か来るかもしれないんだからせめて下着くらい穿いて欲しいんだけど」 いつも注意してるんだが全く聞く気が無いらしい。 「こんな時間に来客なんて来ないよ。それに空だってまた脱がす手間が増えるだけだろ?」 水奈の中では2度目以上があるのが当たり前だと思っているらしい。 毎週こんな感じなのだが、今日はクリスマスイブ。 特別な日だからまあ、いいか。 「仕送りでやってるんだろ?クリスマス料理くらいは覚えたよ」 そう言って水奈が夕食を作ってくれた。 そのお礼もしてやらないといけない。 クリスマスプレゼントは交換した。 水奈は喜んでいたので多分良かったのだろう。 冷蔵庫にまだシャンメリーが残っていた。 水奈はそれとグラスをもって部屋に戻ってくる。 さすがに前を堂々と見せつけられると何度見てもこっちの方が恥ずかしくなる。 戸惑う俺を見て水奈は笑う。 「私も空を悩殺するくらいには成長出来たか」 「そうだな、水奈は家でもこんな感じだっけ?」 「まさか、変態と言う野獣がリビングに居るんだ。ちゃんと服着てるよ」 だから僕の家では開放的になるんだそうだ。 「僕が野獣になるとは思わないのか?」 「なってくれると嬉しいな」 シャンメリーを継いだグラスを俺に渡すと水奈はベッドに入ってくる。 「明日は休み。今日はクリスマスイブ。満足するまで付き合ってくれるよな?」 「水奈は毎週同じだろ?」 「空にだけだから……」 そう言ってグラスを置くと抱き着いてくる。 「分かったからもう少し休ませてくれ」 「若いのにだらしないな」 「そういうものだから仕方ないだろ」 「本当に?」 こういう時水奈は悪戯好きになる。 普段もこうなんだろうか? それとも僕にだけ見せてくれる水奈の一面なのだろうか? 「空にだけの特別な私に決まってるだろ」 水奈はそう言って笑う。 「僕は幸せ者だね」 「だったら私も幸せにして欲しい」 「どうすればいい?」 「それを女子に言わせるのはどうなんだ?」 水奈との戯れは明け方近くまで続いた。 起きたのは昼頃だった。 水奈は服を着て昼食を作っている。 その間に僕も服を着た。 「あ、起きてたのか?」 「ああ、おはよう」 昼食を食べると片づけは手伝う。 「空みたいな旦那さんだったら幸せだろうな」 「水奈はなってくれないのか?」 「空が私を選んでくれたら喜んでなるよ」 「安心しろ。今のところ水奈以外候補はいない」 「大学で同い年の子とかいないのか?」 毎日合コンで色んな女性と遊んでいる。 水奈の大学生のイメージはそういうもんらしい。 大学生は遊んでいる。 それが一般的な大学生のイメージなんだろう。 「こんなに愛おしい婚約者がいるのにそんなリスク冒すと思う?」 「……知ってる」 そう言って水奈は笑っていた。 昼間のテレビはあまり面白い番組が無い。 しかしゲームも一人用のが多くて水奈を退屈させてしまう。 借りて来たDVDも全部見てしまった。 水奈と身体を寄せ合ってテレビを見ていた。 夕方ごろになると出かける準備をする。 水奈も簡単に化粧を済ませて髪を整える。 少し大人っぽくなった水奈も18歳だし大丈夫だろう。 今夜も徹夜で騒ぐ予定だ。 光太の事だから万が一の場合もある。 それに寝不足で運転して事故を起こして水奈の顔に傷でも入れたら大変だ。 バスで街まで移動する。 今夜パーティの予定が入っていた。 (2) 「メリークリスマス」 海璃とホテルのレストランで乾杯する。 困ったことにこれは如月グループからの招待で来てる。 つまり部屋も食事もすべてただ。 海璃へのプレゼントは奮発したよ。 それでも我が家の家計を圧迫するまでには至らなかったけど。 メリークリスマスとは「楽しいクリスマスを」という意味なんだそうだ。 意味を考えるとクリスマス当日にいうのはちょっと間違ってるらしい。 正月に「良いお年を」と言うようなもんだ。 だからクリスマスイブの今夜に言うのは間違ってはいないらしい。 実際そんな事をどや顔で言ったところで「だから何?」って場をしらけさせるだけなのでお勧めはしない。 周りに合わせて祝う方がお互いの為だろう。 料理のお終いにシェフが挨拶に来る。 にこやかに応対する美希。 そして部屋に戻ると先に海璃にシャワーを勧める。 嬉しいのか悲しいのか分からないけど海璃は服を脱ぎ捨てて真っ裸でシャワーに向かうなんて真似はしない。 ちゃんと脱衣所で脱ぐ。 「その方が善明も楽しみでしょ?」 どう返事していいのか分からない質問をしてくるけどね。 テレビをつける。 アニメの一挙放送をやっていた。 これは見てはいけないものだ。 そう直感した僕はチャンネルを変えようとした。 しかし遅かった。 「あら?善明さんがアニメ見てるなんて珍しいですね」 美希がシャワーから戻って来た。 ガウン一枚来ているだけだろう。 下はひょっとしなくても何も着ていないに決まってる。 「いや、チャンネルをこれから変えようと思ってね」 「私が来たからって慌てなくても大丈夫だよ。善明の好み知りたいし」 こんなアニメが僕の好みだと誤解されたら大惨事だ。 「いや、あまりアニメ好きじゃな無いんだ」 「今時アニメなんて大人でも見ますよ。私もこの絵綺麗だし見てみたいからこれ見ようよ」 後悔しても僕のせいじゃないからね。 僕は逃げるようにシャワーを浴びた。 だけど、12話分の時間をシャワーで稼げるわけがない。 最後の手段はシャワーを出ると同時に海璃を押し倒してテレビを消すしかない。 あまり使いたくない手だけどね。 別に海璃とそういう事をするのが嫌いなわけじゃないよ。 むしろあまり普段構ってやれないからこんな特別な日くらいはと思ってる程だ。 だけど今はそんな僕の理由なんてどうでもいい、このアニメから注意をそらす口実が欲しかった。 無駄な抵抗だった。 アニメは中盤に差し掛かりドロドロした展開が始まりだしていて美希は夢中になっていた。 「善明がそんなに迫ってくるなんて珍しいね。嬉しいけど今はこっちが気になるからちょっと待ってて」 お手上げってやつだね。 僕はクリスマスイブになんてアニメを垂れ流してるんだい?と今すぐ放送中止をテレビ局に求めたくなったよ。 感動のエンディングを素人の大合唱で台無しにしてしまったダメな放送局だけあるよ。 いくら作中の時期がクリスマスだからってイブにこんなアニメをラブラブなカップルが見るとどうして考えたのかい? 僕には単なる嫌がらせにしか思えないんだけど。 まあ、こういうドロドロしたのが海璃は大好きらしい。 内容は男主人公とメインヒロイン二人を中心にした三角関係とその末路を描かれたもの。 この説明だけ見たら割とまともな恋愛ものに見える。 だけどストーリーが進むと主人公のクズっぷりが露見していく。 ヒロイン二人と肉体関係を持ったあと主人公は性に目覚めて次々と関係を広げていく。 間のストーリーもなかなか酷い下種っぷりなんだけどあまり詳細を書くとR-15じゃ収まらなくなるので割愛する。 腕の骨をへし折るくらいどうってことないくらいの酷い内容だった。 この物語が純愛に思えるくらいだよ。 海璃はそのアニメの終盤を見ていた。 メインヒロインのうち一人が妊娠したと告げる。 そんなメインヒロインに主人公がかけた言葉 「何で子供なんか作ったんだよ。俺には関係ない!」 僕がそんなことを海璃に言おうものなら間違いなくこの主人公と同じ結末を辿るね。 その前に実の母親から刺されるよ。 そう、この主人公は何を血迷ったのか知らないけどもう一人のヒロインとよりを戻そうとするんだ。 そして妊娠したヒロインに刺されて命を落とす。 そこまでならまだドロドロとした昼ドラ程度で済む話だった。 しかしこのアニメの制作会社は容赦を知らない。 残ったヒロイン同士で対立して迎えた結末は最悪って言葉以上の表現を知りたいくらいだ。 ナイスボート。 そんな名言が残った。 そしてそんなアニメを最後まで食い入るように観ていた海璃は納得している。 大昔にロボット物のアニメがあった。 劇場版があった。 冒頭で主人公が放った言葉 「最低だ」 あの声優女性がやっていたらしいけど気分はまさに最低だったんだろうね。 そんな最低な主人公をはるかに凌いだ外道がこのアニメの主人公だろう。 名前は同じ名前の子がいたら虐められるかもしれないから言わない。 「善明、終わったよ。おまたせ」 どうしてそんなに笑顔でいられるのか分からなくて怖い。 戸惑ってる僕を見て海璃は何を思ったのだろう? 「大丈夫だよ。私だってちゃんと気をつけてるから」 「いや、僕も気をつけてるよ」 どうしていつも地元のテレビ局は折角のクリスマスを悲惨な状況に追い込むのが好きなんだろう? (3) 「ただいま!悪い!遅くなった」 「まだ時間余裕あるから大丈夫」 光太が帰って来た。 光太の現場は市内でも境目くらいのところにある。 定時に上がったとはいえ空いていても30分はかかる。 しかし今日はクリスマスイブ。 街へ人が集まる時間帯。 渋滞に捕まったらしい。 竣工日から逆算するとどうしても今日中に終わらせないと間に合わない作業があるので光太達が立ち会って作業をした。 年末になると大慌てになる。 来週には年末年始の休暇が始まる。 一つでも作業が遅れると致命的になる。 今は18時半。 レストランの予約は20時。 家から街まで歩いても30分もかからない。 慌てる必要はないのに光太は慌てていた。 作業着を脱ぎすて急いで着替える光太。 私は光太が脱ぎ捨てた衣類を洗濯機に入れながら不思議に思っていた。 そしてなぜかスーツを着ている光太。 私は普通にワンピースにコートを着ているだけ。 ドレスコードがある店だとは聞いてない。 何をそんなに慌てているのだろう? どうせ光太は飲むからと歩いて行く。 わざわざ駐車代を払ってまで移動するような距離でもない。 光太はレストランのある府内町を抜け竹町の宝石店に入る。 ショーケースを見てから光太が尋ねて来た。 「どれがいい?」 「え?」 値札を見る。 給料3か月分というやつだ。 さすがに「光太これ欲しい~」で済む値段じゃない。 それでも光太は私に選ぶように言う。 比較的安めのやつを選ぶことにした。 気に入ったデザインのやつがあったけど値札を見て無理だと思ったから別の安い奴を選ぶことにした。 だけど光太は私の目線をちゃんと見ていたようだ。 「これ下さい!彼女の左手の薬指に合わせて!」 え? 「サイズを計らせてくださいね」 よく分からないまま左手を差し出すと店員が薬指のサイズを計り出す。 標準的な指のサイズをしていたので在庫はあったようだ。 「刻印とかしますか?明日には出来上がると思いますが」 「麗華どうする?」 光太は本気のようだ。 刻印なんてどうせ見えないし無くても良いと伝える。 「では少々お待ちください」 待ってる間に光太に事情を説明してもらう。 社会人だしいつまでも同棲というのは私に対しても悪いと思っていたらしい。 光太らしい間抜けっぷりで私の誕生日を忘れてしまったらしい。 それで思いついた記念日がクリスマスイブ。 お金は小遣いを溜めていたのとボーナスを使ったそうだ。 式はいつ出来るか分からないけど年明けの挨拶の時にでも両親に伝えると光太は言う。 そんな風に考えていてくれてたんだな。 指輪が出来上がる。 光太はそれを受け取るとその場で私にプロポーズする。 少しは場所を考えてよ。 どうせ指輪のサイズも分からないから当日サプライズと思ったんだろうけど。 今はただ嬉しいから大人しく受け取った。 ガッツポーズをしている。 その後、レストランに行って夕食を食べた。 ホテルに泊まるのはもったいないからと大人しく家に帰る。 無駄に高級ホテルに泊まるより家の方がくつろげるから。 家に帰ると光太を先に風呂に入れてその間に光太が散らかしたスーツを片付ける。 私のスマホが鳴る。 道香からだ。 道香も今日指輪を受け取ったらしい。 2人で企んでたんだな。 今、天に問いかける願い。 あと少しだけでいいから力を下さい。 きっと光太には私の人生を背負う覚悟が出来たのだろう。 私にも光太を信じる勇気を下さい。 温もりより孤独が相応しいと言い聞かせ心を殺して偽りの強さに縋っていた。 だけれど証明される現実はどこまでも残酷なもの。 抗えずに捻れていく祈りは答えを求め狂い咽ぶように闇の果てへ叫ぶ。 求めてはいけないと拒みながらも求めてこの手を伸ばす。 何度傷ついても良い。 衝動を抱いて輝きを放つから。 信じて、裏切られて想い出は汚れて逆流した切望が牙を立てる。 いつからだろう、理由さえ燃え尽きた。 全てを壊すことで救われるものなどいないから。 どうか示して欲しい。 切なる歌は誰に届いているの? 慟哭に震える魂は無力さを思い知る。 凛と貫く勇気。等身大で自分らしく。 真実の強さ。 私は何を望んでいる? 決死の息吹で今目覚める。 背中を預ける覚悟は決めた。 未知を恐れず立ち向かう勇気を下さい。 いざ、暁の空へ羽ばたく時が来た。
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