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過去を包む未来
(1)
「じゃあ、今夜は楽しんでくれ」
渡辺君が言うと宴は始まった。
子供たちが少し減ってる。
子供たちのグループのSHの中でも18歳以上は街の中の如月観光ホテルでパーティをするそうだ。
空と水奈、学と美希が行ってる。
SHと言えば婚約が決まったカップルがいるそうだ。
その両親の亀梨夫妻と栗林夫妻が挨拶をしている。
僕も愛莉と一緒にお祝いに行った。
「おめでとう」
「ありがとう。しかしいざ嫁にやるとなると少し寂しいものがあるよ」
栗林麗華の父親の栗林純一が心境を語った。
母親の美里さんは何とも思ってないようだ。
「まあ、多分そうなると思ってたから」
美里さんらしいな。
「純一も今さら言っても始まらないでしょ。まだ瑞穂だっているのよ」
「そうだね」
他人事ではないので同情する。
そんな気持ちは愛莉には筒抜けで。
「冬夜さんも同じですよ。娘の親というのはそういう物なのですから」
「大丈夫だよ。今さら『娘は誰にもやらん』とか言うつもりはないから」
天音達がそれで幸せになれるなら問題ない。
「そう言ってくれると助かるよ。片桐君」
石原夫妻が来た。
「任せて、天音ちゃんを泣かせるような真似したら私がただじゃおかないから」
多分大地君は天音に逆らえないだろう。
そんな気がする。
「天音と言えばうちの紗理奈と茉里奈が世話になってるみたいだな」
渡辺班の主催の渡辺夫妻がきた。
あの3人の暴動はとどまることを知らないらしい。
学校からよく電話がかかってくると愛莉が言ってた。
しかし石原家や酒井家が介入したら逆らえる勢力なんてほとんどいない。
最近だと政治的圧力も加えて来るから質が悪い。
まあ、小学校の頃より少々過激になったくらいで法を犯すような真似はしていないから目をつぶっている。
そして石原家の圧力で事件は無かったことになる。
「跡取り息子の許嫁なのだから当然よ」
もう結婚は決まってるそうだ。
「今更他の女性に手を出したとか言い出したら私が黙ってないから安心して」
多分大地にそんな度胸は無いだろう。
そう言えば酒井君の息子の善明君も結婚を決めたと聞いた。
酒井君の血を継いだらしい。
所謂やっちゃったってやつだ。
今さら白紙に出来るはずがない。
晶さんに睨まれたら抵抗できないだろう。
すでに新婚旅行先まで段取りしていると聞いた。
子供たちは料理を食べたりしている。
「トーヤ。最近調子はどうだ?」
多田夫妻がやって来た。
「まずまずだよ。カンナ」
仕事はこれから忙しくなる時期だけど。
誠は落ち込んでいるようだ。
理由は多分娘の水奈だろ。
「トーヤ、この馬鹿に何かアドバイスをしてやってくれないか?」
「冬夜ならわかるよな?この寂しさ……」
そんな誠に言ってやれることは一つだけ。
「諦めろ」
今まで手を出さなかった空が凄く真面目だったんだから。
「お前までそんな事言うのかよ冬夜」
「大体誠は『俺の娘に何か不満でもあるのか!?』とか言ってたじゃないか」
「うっ……それも親心ってもんだろ?」
「よかったじゃないか。自慢の娘に育ったって事で」
「でも冬夜、娘の体に触る事も出来ないのに空にとられたんだぜ?」
「僕だって天音に触ったことは無いよ」
「お前とトーヤを一緒にするな!」
カンナに叱られてる。
「空は冬夜さんと同じだから何の心配もありません」
愛莉が言う。
褒められてるのかどうか分からないけど。
「俺には分かるぜ、誠」
桐谷夫妻が来た。
「そうだぜ誠。俺だって娘の裸は見たけど触ったことは無いんだ」
「お前は黙ってろ変態!」
桐谷君が亜依さんにどつかれた。
父親とはそういうものなのだろうか?
あまり深く考えたことは無かったけど……。
「冬夜さんは考えなくていいんですよ」
愛莉がいうから多分考えなくていいんだろう。
でもその逆はどうなんだろう?
「愛莉は例えば冬吾がそう言う彼女が出来たとして……」
「冬吾には瞳子ちゃんがいるじゃないですか」
「じゃあ、冬吾と瞳子ちゃんがそう言う関係になったとしてやっぱり複雑な心境になるの?」
「そうですね、他人様の娘に手を出すからには責任をきちんと取れる子に育てようとは思いますね」
するからには最後まできちんと責任を果たす息子に育てるつもりだ。
だから冬吾がもう少し大きくなったら時期を見て冬吾に説明するつもりだと愛莉は言う。
そういうのは愛莉に任せておいた方が良さそうだと思った。
「冬夜さんも父親としてちゃんと冬吾を教育してくださいね」
僕からも何か言わないと駄目らしい。
ちなみに僕は父さんから「孫はまだいらんぞ」と言われたくらいだけど。
同じ事を言えばいいんだろうか。
「まあ、お互い子供が家を出て少しは荷が下りてくる頃になったって事だな」
渡辺君がうまくまとめる。
だけどうちの冬吾と冬莉はまだ小学生。
父さん達は退職して第2の人生を考えているそうだ。
田舎の方に引っ越して長閑に暮らしたいと言っているけど、面倒を見る方からしてみたら近所にいて欲しい。
話をしているとライブが始まる。
最近の曲はさすがに知らない。
桐谷君と誠と中島君は詳しいみたいだけど。女性歌手だけ。
僕はそれすら分からない。最近のグループとかメンバーとか全然わからない。
顔と名前が一致しない。
愛莉は天音達と話をしていてある程度は分かるらしい。
家に居る間にワイドショーとかも見てるそうだから。
あ、思い出した。
「恵美さんフレーズってグループ分かるかな?」
「分かるも何も今歌ってるのがそうよ」
ボーカルの秋吉麻里とギターの増渕将門の2人で構成される今大ブレイク中のグループ。
現在は増渕将門がIMEの作曲関係の中心になっているそうだ。
秋吉……?
「恵美さん、秋吉って……」
「そうよ、有栖の娘」
ああ、確かにどこか面影があるな。
「フレーズがどうかしたの?」
恵美さんが聞いてきた。
「なんとかサイン貰えるようにお願いできないかな?」
「あら?冬夜さん。秋吉麻里さんに興味がおありなんですか?」
愛莉がなんか睨んでる。
「冬夜も今さら分かったか。やっぱり女性は若い方がいいよな?」
「他にも若くてかわいい子いるぞ、教えてやろうか?」
誠と桐谷君は頼むから愛莉たちの前でそういう話題にするのはやめてくれないか?
「トーヤ……どういうつもりだ?」
「片桐君だけはそういうのは無いと思っていたけど」
カンナと亜依さんから睨まれる。
「そういう話なら聞けないわね」
「違うんだ。そういうわけじゃなくて」
空が大ファンだからサインが欲しいとお願いされたのだと説明する。
愛莉が空に確認を取っている。
誤解が解けたようだ。
「ならサインだけなんてケチくさい事言わないでいいわよ。ちょっと待ってなさい」
そう言って恵美さんがどこかに行った。
「それにしてもそんなに若い女性の方がいいか?誠」
「瑛大も言ってくれるわね……」
「そ、そりゃそうだろ。なあ冬夜」
僕は聞こえないふりをした。
暫くすると恵美さんがフレーズの2人を連れて来た。
色紙はちゃんと用意してあった。
2人分書いてもらう。
礼を言うと「礼を言うのはまだ早いわよ」と恵美さんが言った。
2人と僕と愛莉の4人で写真を撮ってもらう。
「ありがとう」
「いえ、片桐さんには母さんがお世話になったって聞いてたので」
そのあと少し話をしてから2人は去って言った。
「何でいつも冬夜だけ良い目見るんだよ」
桐谷君がぼやくと「日頃の行いだ」と亜依さんが冷たくあしらう。
ライブが中断される。
カウントダウンが始まる。
そして新年が明けた。
新年の挨拶を済ませると愛莉は冬吾と冬莉を連れて部屋に戻る。
僕もいい加減寝るかと部屋に向かおうとすると誠達がそれを許さなかった。
「偶には付き合え」
新年早々2人の愚痴を聞いていてそこに中島君が混ざってきて盛り上がっている所にカンナ達が戻ってきて説教される流れは相変わらずのようだ。
2時を回る頃さすがに限界が来たので寝る。
あとは若い子たちの自由にさせよう。
部屋に戻ると愛莉が気づいたようだ。
「もうお休みですか?」
「うん、さすがにきつい」
「……冬夜さんもやっぱり若い女性が好きですか?」
「それを聞いてどうなるの?」
どうせ相手にされないよ。
「冬夜さんは素敵な男性になられたからきっと相手にしてもらえます」
「僕にはお金をむしられるだけのいいカモにしか思えないけどね」
「そんなに謙遜されなくても」
「それに愛莉が相手してくれるならそれで十分だよ」
「……子供がいるから帰ってから」
「わかった」
あまり話をしていたら子供達が起きてしまうから早々に寝た。
翌朝ホールでごろ寝している天音達をみて愛莉が激怒していた。
(2)
ホテルのパーティホールを貸し切りで騒いでいた。
遠方に行っていた者も年末だから帰省していた。
ホールは朝まで貸し切りになっていた。
2次会の場所を探す必要がない。
むしろ狙いはそこらしい。
僕達は18~19歳。
いかがわしい店にも入れるようになる。
女性陣はそれを警戒していた。
そして美希が朝までここでいい様に手配していたらしい。
「俺達は河岸を変えるとしようか善明」
光太が善明を連れて外に出ようとすると麗華が立ちふさがっていた。
「今この場でこの指輪返しても私は構わないわよ?」
まだ未成年。
2次会の場所がスナックやバーのはずがない。
光太達の目論見は見破られていた。
僕はスナックやバーには興味があった。
お酒というものに憧れていた。
ただの液体を飲むだけでテンションが上がるお爺さんや水奈の父さん達を見てきたから。
そんなに盛り上がれるものなのか試してみたかった。
光太達の行きたい場所はあまり興味が無かった。
興味が無さすぎて水奈が偶に不貞腐れる。
「もうちょっと女性に興味を持ってもいいんじゃないか?」
「人並みには持ってると思うけど……もっと持った方がいいの?」
「空は私だけ見てればいい。他の女性はダメ!」
「その心配は無いよ。……まあ、どんなことするんだろう?くらいは思ったかな?」
何しろブランド牛のステーキが食えるくらいの値段を払うんだ。
どんなことしてもらえるんだろうと考えたことはある。
僕にはそういう知識を身に着ける環境にはいない。
別にPCを検閲されてるわけじゃないけど検索するワードすら分からないんだ。
半面水奈はどこから情報を仕入れてきたんだって事をしてくれる。
聞いてみたら「女子同士の秘密だよ」って笑われた。
水奈がしてくれるなら水奈にステーキをご馳走してあげた方がいいと思う。
どうせ僕も一緒に食べるし。
水奈はあまり食べ物に興味を示さないけど、母さんもそうだったな。
そんなわけで僕達は朝までカラオケで盛り上がっていた。
ちゃんと新年を迎えた時には挨拶をした。
朝になると家に帰る。
「空、少し寝ないで大丈夫?」
「家に帰ったらゆっくり寝るよ」
「そっか……」
どうやら寝る前にやらなければいけない事があるみたいだ。
(3)
「ただいま~」
久々に我が家に戻って来た。
母さんが出迎えてくれた。
「お帰りなさい。元気にやってた?」
「うん」
「それはよかった。部屋使えるようにしておいたから少し休んでなさい」
母さんがそう言うと懐かしい自分の部屋に戻る。
何も変わっていない。
手入れもしてくれているようだ。
僕はリビングに降りて冬吾達と話をしていた。
冬吾達も元気にやっているらしい。
「今日は泊まっていくの?」
母さんが聞いてきた。
「そのつもりで荷物持って来た」
「そうなの、よかった」
「ところで茜と天音は同じ部屋のままなの?僕の部屋使えば良いと思ったんだけど」
「天音はどうせ卒業したら家を出るだろうし今のままでかまわないだろうから」
恋人を家に呼びたいときに使わせたらいいと思ってるそうだ。
「うぅ~やっぱり冷えるな~愛莉暖房入れようよ」
「茜はその前にちゃんと服を着なさいと言ってるでしょ!空が帰ってきてるのよ」
「空は水奈の裸いつも見てるから関係ないよ。私より大人なんだし」
そう言うもんでもないんだけどな。
Tシャツとパンツだけの茜にやっぱり見とれてしまう。
歳の差はあるからしょうがないとしても茜は早熟型なのだろうか?
「茜、せめて下になにか穿きなさい!」
「は~い」
茜はそう言って部屋に戻る。
Tシャツの下から覗かせる茜の尻に見とれていた。
「空、いい加減にしなさい!」
母さんが本気で怒ってるみたいだ。
父さんが帰ってくると夕食の時間になる。
父さん達とも話をしながら夕食を食べる。
夕食が済むと父さんとリビングで話しの続きをしていた。
「大学は上手くやれているかい?」
「何とかやってるよ」
上手く単位を取ったら3年生の時には税理士の試験を受けられるらしい。
2年も使えば大体の項目は取れるだろうと父さんに説明した。
「楽しみにしているよ」
父さんはそう言っている。
母さんから風呂に入りなさいと言われる。
風呂に入った後は部屋でゆっくりする。
テレビが無いので部屋に残してあった漫画を読んでいた。
久しぶりに漫画を読んでいた。
シリーズを読み終わるとベッドに入って寝る。
朝になると、着替えてダイニングにいって朝食を食べる。
冬休みはまだ何日かあるけど課題もしないといけない。
それに水奈の受験対策もしないといけない。
水奈と2人だけの空間でのんびりしたい。
「それじゃ、偶には帰ってきなさい」
母さんに見送られて家に帰る。
いつの間にかこっちの方が落ち着くようになっていたみたいだ。
家に帰ると先に水奈が来ていたみたいだ。
「久々の里帰りはどうだった?」
「のんびり出来たよ」
いつも通りの変わらない一日が始まった。
(3)
初売りセール。
朝早くから並び整理券が配られる。
整理券が配られているのだからあわてることは無いのに開店時間になると一斉になだれ込む。
そして戦争が始まる。
どれに当たりが入っているのか分からない。
色々特殊技能を持っている片桐家にも透視能力を持っている者はいない。
冬吾を連れて来て冬吾の直感で選ばせるという手も考えたけど愛莉に怒られた。
福袋は大体どれも値段以上の物が入っているけど好みばかりはどうしようもない。
手触りとかで判断するしかない。
1人で何袋も買っていく不届き者がいる。
大体大人だ。
自分で稼いだ金で買うのだから文句は言わないけどいい歳こいてマナーくらい守れババア!と叫びたくなる。
ようやく、これだと言うのを決めて買う。
中味は帰ってからの楽しみだ。
「またせたな、大地」
「……相変わらず凄いね」
大地はただ突っ立って見ているだけだった。
まあ、下手にあの中に入って「痴漢!」と間違われるよりは懸命な判断だろう。
「大地は買わなくていいのか?」
「何が入ってるのか分からないのに買う意味が分からなくて」
「それって遠回しに私を否定してないか?」
「そうだよね、ごめん」
「いいよ。大地に分かりやすく説明すると夢を買ってるのかな」
「夢?」
何がはいってるのだろう?
ひょっとしたら掘り出し物が入ってるかもしれない。
神様のご褒美が来るかも。
そんな夢。
店も赤字覚悟でセールしてるから期待も膨らむものだ。
「なるほどね」
「でも夢じゃ腹は膨れないから何か食っていこうぜ」
「そうだね」
なんか美味いものを食うか、それともフードコードで目一杯食うか。
そんな相談をしていると福袋をもってウロウロしている女子を見つけた。
同じクラスの森坂祥絵だ。
祥絵もこの辺に住んでたな。
「おーい」
私は声をかけていた。
「あ、天音」
「どうしたんだ1人で?」
「いや、一人で来たわけじゃないんだけど……」
はぐれたらしい。
誰ときたのかは一々聞かなくてもなんとなく分かる。
一緒に選んでいてもみくちゃになってはぐれたらしい。
「スマホで連絡してみたら?」
「あ、そうだね」
祥絵はスマホを操作している。
暫くして男子が1人来た。
「祥絵!どこ行ってたんだ!?」
「尊治!」
大地の友人らしい。
てことは防府の生徒か。
互いに紹介して昼を一緒に食べる事にした。
大地と二人ならともかく大地の友達の前で馬鹿食いは出来ないな。
大人しくオムライスの店に行く。
昼食を食べるとそれぞれ家に帰る。
私も大地と家に帰った。
中味を開ける。
私の趣味の服じゃない。
やはり商店街の初売りにするべきだったか。
ババア共が群がるような福袋に良い服が入ってるはずがない。
正確には良い服や小物が入っていたんだけどおばさんくさいというか思い切りブランド物だと主張するおばさん趣味の物だった。
愛莉なら喜ぶかな?
愛莉に商談を持ちかけてみた。
「こんなおばさん趣味なら愛莉にぴったりだろ?買い取ってくれ」
ストレート過ぎたみたいだ。
「親に向かっておばさんとは何ですか!」
愛莉もいい加減気にする年頃らしい。
奇蹟的に肌とかは全く荒れていない。
詐欺みたいな若返る化粧水とかを使っているわけでもないのに全く老いを感じさせない。
愛莉には説教をされた挙句「どうせ天音はこういうの使わないでしょ」と取りあげられるという最悪の結末を迎えた。
部屋に向かうとPCを弄っている茜がいる。
茜はパパに頼んで電気屋さんの福袋を買いに行ったらしい。
そして掘り出し物のPCの部品を当てたからそれに交換しているんだそうだ。
やっぱり福袋は店選ばないと駄目だな。
(4)
3月上旬。
僕は水奈の家に来ていた。
水奈は卒業式を終えて仮卒の期間に入っていた。
僕は家庭教師としての最後の務めを果たそうとしていた。
水奈の入試の合否の確認。
水奈の両親はリビングで待っているそうだ。
「まずは2人で」
水奈が自分の受験番号を入力して確認のところをクリックしようとしていたが、緊張で手が震えている。
僕は水奈のマウスを操作する手にそっと自分の手を重ねる。
「やることは全部やれたんだから。一緒に見てきた僕が保証する。自信をもって」
「……うん」
水奈は意を決してクリックする。
おめでとうございます。
合格の2文字と共に画面に表示されていた。
「空!!やったよ!」
「おめでとう、水奈」
水奈は僕を抱きしめる。
本当によく頑張ったね。
「あ、母さん達に知らせてくる」
水奈はそう言って部屋を出て行った。
こうして水奈は地元大学経済学部に入学が決まった。
SHの受験組は皆合格したらしい。
僕も一つ肩の荷が下りた。
でも同時にまた一つ肩にのしかかる責任がある。
頃合いを見て水奈の部屋を出るとリビングに向かう。
僕に気付いた水奈の母さんが僕に「ありがとうな」と言った。
「いえ、それであの……お願いが」
「ああ、水奈を焼肉屋に連れて行ってくれないか。席を予約したんだ。今日はお祝いだ」
天音や遊達も進路が決まってるし皆で祝おうって話になったそうだ、
その前に言っておきたい
「お願いです、水奈さんと一緒に暮らすことを認めてくれませんか!」
そう言って頭を下げた。
水奈も僕の隣に立って一緒に頭を下げる。
「空……水奈は……いてぇ!」
「それはこっちからお願いしたいくらいだよ。卒業旅行行くんだろ?その後荷物を引っ越すといいよ」
「ま、待て神奈。父親の俺の意見は?」
「お前の意見なんざどうせろくでもないから却下だ!」
とりあえず認められたらしい。
「今まで我慢してきたんだ。まだまだ至らない娘だけどよろしく頼む」
水奈のお母さんはずっと笑顔だった。
その晩焼肉店で所謂渡辺班と呼ばれる皆が集まって受験生を祝った。
天音も大地と同棲生活を始めるそうだ。
もうすでに物件は大地の両親が押さえてる。
「お金の心配ならしなくていいからね、大事な跡取り息子の嫁になるのだから出し惜しみしないわ」
大地のお母さんはそう言っていたが、天音は調理師の資格を取る専門学校に通うために実務経験が必要になるのでバイトをすると決めたみたいだ。
そのかわり専門学校の側の高層マンションの一室を借りた。
祈達もそれぞれのパートナーと同棲を始める。
これで実家に残るのは茜と冬吾と冬莉だけになる。
「なんだか寂しくなりますね」
母さんがそう言ってた。
主なSHのメンバーが自立していく中、僕は取り残された気分もあった。
皆バイトで生計を立ててる中親の仕送りで生活しているのだから。
バイトといえば誠司の家庭教師も辞める事になった。
誠司は放っておいても、冬吾と同じようにサッカーで生きていくだろう。
そんな時間があったら水奈に構ってやって欲しい。
貴重な3年間になるはずだからと水奈の母さんに言われた。
水奈の母さんも水奈に仕送りを渡すからそれでやり繰りするように言われた。
その後、僕と学は水奈のお父さんと学の父さんに呼び出された。
何だろう?と行こうとすると母さんと水奈に腕を掴まれた。
「空に変な事吹きこまないで!」
「空は聞かなくていい!」
母さんと水奈が言う。
「お、俺達は夫としての在り方を2人にだな……」
「そ、そうだ。最初が肝心っていうだろ」
水奈のお父さんと学の父さんはそう言うけど「空は気にしなくていいから」と父さんが耳打ちした。
2人にかかわるとろくな事がないんだそうだ。
「ほう、お前がそんな大層な話を聞かせてくれるのか?興味あるな?聞かせろよ」
「最初が肝心……確かにそうかもね。私も自分の息子に何を教えるのか聞いてみたいわ」
水奈の母さんと学の母さんが言うと二人は大人しくなった。
これが夫としてのあり方なのだろうか?
もっともまだ水奈の夫になったつもりはないけど。
ラストオーダーの時間になると一気に肉を食べる。
ちゃんとワカメスープも確保した。
サラダ?最初に食ったからいいよ。
食べ終わると皆それぞれ家に帰る。
水奈も卒業した時から少しくらいの着替えや道具を僕の家に持ち込んでいる。
だいたい僕の家に泊まっていく。
「さっきのあのバカの事気にするなよ」
助手席に座っている水奈が言った。
「気にするも何もさっぱり分からなくてさ……」
「空は今のままで十分素敵だから……」
「ありがとう、水奈も素敵だよ」
少し恥ずかしそうにする水奈の顔は笑みをこぼしていた。
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