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運命に身を委ねて
「今すぐ帰ってきなさい!」
美希の母さんから美希のスマホにメッセージが飛び込んできた。
時計は21時過ぎ。
何かあったのだろうか?
「美希、大丈夫か?」
「多分大丈夫です。でも学は覚悟したほうがいいですよ」
「覚悟?」
何のことを言ってるんだ?
「それは秘密です」
美希は笑顔を崩さない。
両親に何かあったとかそう言う事ではなさそうだ。
美希自身からも体の不調を聞いた事は無い。
思い当たる節も無い。
……念の為聞いておくか。
「美希、何かお母さんに相談したりしていたのか?」
俺との事で。
美希は首を振った。
「いえ、ずっと幸せだったから。でもそれがお母さんには不満だったみたい」
「やっぱり俺に落ち度が?」
「むしろその逆だと思います」
言ってる意味がさっぱり分からなかった。
美希の家につくと車庫には大地の車が止まっていた。
一家総出の大事なのか?
家に入るとリビングに通される。
美希の両親と大地と天音がすでにいる。
美希のお母さんだけが機嫌が悪そうだ。
それを横で苦笑している美希のお父さん。
一体何事だ?
「学!あなた美希の何が不満なの!?」
え?
俺達の為に集まったのか?
やっぱり美希に何か不安を与えてしまったのだろうか?
「ま、まあ恵美。とりあえず落ち着いて。美希達も座りなさい」
美希のお父さんが言うと俺と美希は開いてる席に座る。
「大地の方が先に結婚決めたわよ!」
俺は自分の耳を疑った。
まだ19だろ?
美希のお母さんの主張は至って単純だった。
大地達は結婚を決めたのに俺達は何をもたもたしてるんだ。
ご丁寧にテーブルの上には白紙の婚姻届とボールペンが置いてある。
今すぐこの場で決めろと言う事か?
「望がまずは学の意思を確認しないとって言うから呼んだの。学、美希の何が不満なの!?」
ようやく理解した。
結婚を決めないのは俺が美希に不満があるから結婚しないと誤解しているんだな。
まずはその誤解を解く事にしよう。
「お嬢さんには不満を感じたことは一度もありません。俺にはもったいないと思ってるくらいです」
「ならどうして結婚しないの?」
「それは俺がまだ半人前だからです」
美希一人を養っていくほどの力が無い。
そもそもまだ学生の身分だ。
人ひとりの人生を背負えるほどの器が無い。
普通はそれで納得してくれると思っていた。
だけど石原家にはその常識が通用しなかった。
「そんなものはどうでもいい。今聞いてるのはあなたにその覚悟があるかということよ」
覚悟も何もまだその力が無いと言ってるんだが……。
「力を身につけたら美希を背負う意思はあるんだね?」
美希のお父さんが聞いた。
「美希が俺を選んでくれるなら」
何せプロポーズすらしてないのなら。
「らしいけど、美希はどう思ってるんだい?」
「私も学が私を選んでくれるなら喜んで」
「じゃあ、決まりだね」
へ?
「今すぐこの婚姻届にサインしなさい」
美希の母さんが言う。
「あ、あの。ですから……」
「あなたに力が無いのなら私たちがその力を与えます。心配する事は無いわ」
美希の母さんがそう言うとお父さんと2人で相談を始めた。
「……ETCの支社を博多辺りに作ってくれと言われてるんだけどそれでどうかな?」
「博多ならそんなに離れていないわね。都会で便利だしちょうどいいかも」
「恵美も孫の顔をすぐ見れるだろ?美希にもすぐ会えるし」
「その言い方だと私だけが娘が遠くに行くのが寂しいみたいじゃない。望」
「男親はどのみち寂しいと片桐君から聞いていたからね」
俺の意思など関係なしに俺の就職先が決まっていく異常な光景。
ちなみに大地は大学を卒業したらUSEの大阪支社を任されるそうだ。
嫁入り道具に会社一つって世界が違うな……。
新卒の社長か……。
「心配しなくても選りすぐりの部下をつけるから」
書類にサインをして取引先と商談をして後は机に座っていたらいい。
美希のお父さんも同じ経験をしたそうだ。
「この期に及んで心の整理がなんて情けない事言わないでしょうね」
美希の母さんが俺を睨む。
俺に拒否する権利はないらしい。
でも一つだけ言っておかないといけないだろう。
「美希、俺は何の準備もしてない。指輪すら準備していないんだ。そんな頼りない俺でも良ければ……」
「私はずっとその言葉を待ってました。まだまだ至らないところが多い私だけどよろしくお願いします」
美希は心底嬉しそうに俺に抱きついてきた。
そんな俺達を満足そうに見る美希の両親。
「じゃあ、早いうちに亜依達に報告しなさい。その間に段取りを決めていくから」
そう話してる間にも美希の母さんはスマホを操作している。
どこかに電話している様だ。
「もしもし?11月と12月に適当でいいから結婚式場を確保してちょうだい。12月の分はクリスマスにお願い。他の予約で埋まってる?そんなのキャンセルさせなさい!」
12月25日はともかくどうして11月?
「……大地達がね。クリスマスの日がいいって言っててね」
美希のお父さんが教えてくれた。
クリスマスはいいけどじゃあ俺達が11月なのか?
「うちの大事な跡取り息子の結婚式よ!ゆくゆくは江口グループの後継者なの!言われたとおりにしなさい!」
そう言って電話を切ると「11月上旬で問題ないわね?」と美希に聞いていた。
「問題ありません」
「あの、どうして11月に?」
率直に聞いてみた。
「姉の方が先に式しないとみっともないでしょ。もっと早く話を進めておくんだったわ」
大地がこんなに早く結婚の報告をしてくるとは予想してなかったらしい。
そのまま美希の母さんは俺の母さんに電話して俺達が婚約したことを知らせる。
「美希、あなた新婚旅行で行きたいところとかないの?」
「タヒチに行ってみたいです」
「まあ、悪くないわね……大地は?」
「天音はどこか行きたいところある?」
「ヨーロッパならどこでもいいよ。あ、フランスだけはやめとく」
新婚旅行の食事くらい楽に食べたいらしい。
天音らしい発想だ。
そして新婚旅行の予約をする。
タヒチってどこにあるんだ?
「大地は今のところでいいとして、学達は卒業に合わせて新居を探しておくから……マンションと一軒家どっちがいい?」
「都市部だからマンションの方が便利かも」
「わかったわ。適当に土地買って準備しておくから」
まさか引っ越す為にマンション立てるつもりか!?
そのまさかだった。
「あ、晶?私の娘が卒業したら博多でマンションに住みたいらしいんだけど……そう。会社も作るからそれまでに間に合えばいいわ……よろしく」
やることが無茶すぎるぞ!
電話が終ると俺達がサインしておいた婚姻届を見て納得する。
「記念になるから2人で提出しなさい」
そう言って美希に渡す。
やっと俺達は解放された。
家に帰ってシャワーを浴びるとテレビをつける。
「一杯どうですか?」
シャワーを浴びた美希がビールを持ってきた。
「ありがとう」
「ごめんなさい、お母さんちょっと強引なところがあって……迷惑だったでしょ?」
「いや、いつまでも同棲なんてのも美希にしてみたら辛いんじゃないかと思ってたんだ」
「そう言ってくれると助かります」
後日市役所に書類を提出する。
「よろしくな」
「こちらこそよろしくお願いします」
ちょっと強引な運命だったけど俺達は新たな一歩を進んだ。
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