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引き返せない旅
「おめでとう学」
「ありがとう」
僕は学と美希の結婚式に来ていた。
学も少し緊張していたようだ。
仕方ない。
僕達SHの面々はともかく他のゲストはみな地元経済の重鎮ばかり。
高々1大学生に頭を下げる県知事。
君の心情はお察しするよ。
何故なら僕も最近味わったからね。
「くそぉ!子供が産まれるまでは式は上げないでおこうと思ったら善明といい、先にしやがって」
早ければいいってもんじゃないよ、光太。
むしろ光太の方が恵まれていると思うよ。
だって自分の意思でプロポーズ出来たんだから。
学だって準備期間があったのだからマシだと思える。
それに引き換え僕達は。
「美希はいつ子供作るの?」
「私はいつでもいいんだけど、学がせめて就職するまで待ってくれって。海璃は?」
「私も同じ。大学なんていつ辞めてもいいんだけどね~」
美希と海璃が話をしている。
学は苦笑していた。
僕も笑うしかないよ。
「じゃあ、勝負だね。どっちが先に子供作るか」
「うーん、善明はそもそもしてくれないからね」
「……なんですって?」
うわあ……。
一番聞かれたくない人に聞かれちゃったよ。
それは僕のお母さん。
「善明!ちょっと来なさい!」
「ま、まあ。めでたい席なんだから穏便に頼むよ晶ちゃん」
父さんが母さんを宥めようとしている。
ちなみに成功した試しは一度もない。
「せっかく結婚したのに子供くらいさっさと作りなさい!」
「が、学生で育児は難しいよ。あと2年すればきっといい知らせが聞けるよ。ね?善明や」
僕は笑うしかなかった。
母さんが僕を叱っている間に何があったのかを説明しよう。
それはSH内で学と美希の婚約の話が流れた時だった。
「善明!今すぐ2人で家にきなさい!」
母さんから電話で呼び出された。
嫌な予感しかしなかったけど逆らうと何が起こるか分からないので大人しく海璃を連れて帰った。
「学が婚約を決めたのに。善明は何をしているの!」
そんな対抗意識を燃やすような事じゃないと思うんだけどね。
「せ、せめて独立するまで待って欲しいなって」
「学と条件は一緒でしょ!何を悩むことがあるの!そんなところばかり善君に似たのね!」
「あ、晶ちゃん。海璃さんの意見も聞いてあげないと……」
父さんが無駄な援護をしてくれた。
本当に無駄だった。
「そうね、海璃。あなたはどうなの?善明の妻になる覚悟はできてるの?」
「私はずっと待ってます。いつでも大丈夫です」
海璃はここぞとばかりに笑顔だった。
多分今まで見た笑顔の中で一番輝いていた気がするね。
「海璃は覚悟ができてる。それなのに男のあなたがそんな事でどうするの!?」
で、半ば強引に婚姻届にサインをさせられ、秘書の佐瀬さんと一緒に翌日書類を届ける事になった。
しかしその程度で終わる母さんではなかった。
「そうね、婚約は美希に遅れをとった。なら式くらいは先に済ませたいわね」
こうなったら母さんを止められる者など少なくとも地元には存在しない。
母さんの機嫌ひとつで県知事の首を飛ばすなど造作でもない。
県知事の座から引きずり落とす事なのか文字通り斬首刑にするのかは想像にお任せするよ。
「そうね……6月なんていいかも」
「あ、晶ちゃんや。それ余りにも急過ぎだよ。もう1ヶ月ないんだよ?」
父さんが母さんの暴走を止められた試しは僕が物心ついた時から一度もない。
母さんは電話を始めた。
「あ、伊織。6月なら仏滅以外ならいつでもいいから早急に式場を手配しなさい。……無理ですって?」
母さんの怒りが爆発する。
すでにしていたのかもしれないけど。
「その気になったら如月一族ごと叩きつぶしてやっても私は構わないのよ!路頭に迷いたくなかったらつべこべ言わずさっさと手配しなさい!」
母さんは本気で潰す気だ。
それから必死に手配したらしい。
もうドレスの準備も終わってる夫婦に頭を下げて代金を全額返済という形で1日空けたそうだ。
同情もしたくなるけどそれだけで終わらなかった。
「式が6月なら新婚旅行も夏休みに済ませてしまいなさい。海璃。どこか行きたいところはないの?」
「普通にハワイでいいです」
ハワイが普通なのかどうかは分からないけど海璃の希望通りにハワイに1カ月遊んできたよ。
就職先なんてもういうまでもないよね。
酒井リゾート部門の支配人という肩書をプレゼントしてくれるそうだよ。
「ちょっと善明。話を聞いてるの?」
「な、何の事かな?」
「だから善明の稼ぎだけで生活はできるんだからさっさと子供を作りなさい」
ま、まだその話を引きずっていたのか。
「だから晶ちゃん。さすがに子供を背負って通学は無理があるよ」
「海璃は就職する必要が無い。だったら大学に行く意味も無いでしょ」
「そ、それは海璃さんの意思の確認が必要なんでないかい?」
「海璃はどう思ってるの?」
海璃は躊躇うことなく答えた。
「どうせ善明さんの嫁になるんだから、特にやりたい事もないし暇つぶしに大学行ってただけなので」
いつ辞めても構わないと海璃は言う。
海璃は自分の親の気持ちを考えたことがあるのだろうか?
何のために大学まで進学させてもらえたと思ってるのだろうか?
子供が出来たから大学辞めるなんて海璃の親が知ったら僕の首が飛んでしまうよ。
「海璃さん、親御さんの気持ちも考えておやり。そんな理由で退学は納得いかないと思うよ」
父さんの必死の説得でそれだけは免れた。
「どうやら卒業してからが勝負みたいだね。美希」
「そうみたいね。海璃」
作り笑いを必死に続ける学。
心中お察しするよ。
披露宴が終ると僕達は2次会の場所へ移動する。
2次会はSHの皆だけで行った。
次は天音と大地の番だ。
話題は天音達に集中する。
「空達はいつするんだ?」
天音が空に聞いていた。
「水奈が卒業するまで待つよ」
「……ってことは結婚する気はあるのか?」
「……水奈には時期が来たらプロポーズするって言ってあるよ」
「それってプロポーズしたも同然じゃねーか!」
普通はそう思うよね。
「まあ、プロポーズの時期くらい空に決めさせてやるよ」
そう言う水奈は嬉しそうにしていた。
どうやら普通にプロポーズさせてもらえるらしい。
僕も羨ましく思った。
ちなみに空の就職先は決まってるらしい。
親の税理士事務所を継ぐんだそうだ。
同じ大学生なのになぜにこうまで境遇が違うのだろう?
天音は水奈に質問していた。
「水奈はどうするんだ?社長夫人か?」
「それなんだけど、まだ空にも相談してなかったな……今聞いてもいいか?」
「どうしたんだ?」
空も水奈の卒業後を聞いてなかったらしい。
「私も税理士の資格とったほうがいいのか?」
水奈の中では空と人生を共に歩むことが決まってるのだろう。
そして空も今日は飲んでいた。
だから口が軽かったのだろう。
「……水奈は出産とか育児とか大変だろ?そこまでは求めないよ」
空の母さんも専業主婦だったね。
「空は出産、育児は女の仕事だと思ってるのか?」
「手伝えることは手伝えるよ。でも水奈にしかできないこともあるだろ?」
「そっか……わかった」
水奈は納得したようだ。
「光太達はどうなの?」
美希が聞いていた。
そう言えば麗華は今日来てないな。
「来年の2月には出産予定らしい」
もう産休にはいってるそうだ。
産後もう一度相談して退職するか仕事を続けるか決めるらしい。
もっとも母さんは「育児に仕事ってあなた妻を労わるつもりはないの!」と怒ってるらしいけど。
皆が騒いでる中、僕と空と学は3人で話をしていた。
僕と学から空に忠告していた。
「慌てる事は無い」
時間は有限だけど可能性は無限大。
既に引き返せない旅に出てしまっている。
だから慎重に選択しろ。
後で後悔しないように。
空は「わかった」と笑っていた。
2次会が終ると学達は先に帰る。
残ったものでSAPで3次会。
朝まで騒いでいた。
こうしていられるのもあとどれくらいあるのだろう?
父さん達は大学を卒業して急激に減ったらしい。
だから子供達に言うんだ。
悔いのない青春を。
それは引き返す事の出来ない旅なのだから。
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