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風の中を力の限り
「おお、綺麗だ。水奈」
父さんは泣いていた。
母さんはその隣で笑っている。
私の朝早くから、まだ太陽の出ていないうちから、着付けをしていた。
眠いのとしんどいのと大変だけど、うちのどうしようもない父親でもこんな風になるんだなと思った。
「お前今からそんなんでどうするんだ?ウェディングドレスを着る時も来るんだぞ」
「そ、そうだよな……」
落ち込む父さん。
本当にしょうがない奴だな……。
「……その後に孫の顔が見れるだろ?」
私なりに励ましたつもりだった。
「ってことはまさかもう空と子作りをしてるのか!?」
本気でこいつは馬鹿か?
母さんにどつかれていた。
「素直に『早く孫の顔を見せてくれるのを楽しみにしてるよ』くらい言えないのか!?お前は!」
「くそぉ……そんな事なら水奈が小さいうちにもっと水奈の……」
また母さんにどつかれていた。
「せっかくのめでたい日を台無しにしやがって!このド変態」
そんなやりとりをしていると呼び鈴が鳴った。
空が迎えに来たみたいだ。
「じゃ、母さん行ってくる」
「ああ、気をつけてな」
家を出ると空が待っていた。
空は私を見ると言葉を失ったようだ。
大体何を考えているか想像つく。
「……どうかな?」
「綺麗だよ」
何よりもうれしい空の言葉。
空の車に乗り込むと成人式の会場に向かう。
「えっと、式が終ったら一度帰るんだっけ?」
「うん。この格好じゃ何もできないから」
「写真撮ってもいいかな?」
「その必要はないよ」
「どうして?」
「フォトスタジオで記念写真撮っておいたから」
「なるほどね」
会場に着くと車を降りる。
「ファミレスで時間潰しておくから」
「ああ、終わったら連絡する」
歩いて玄関に向かうと天音や大地達と会う。
天音も晴れ着姿だった。
花やなずな、遊や粋と合流すると皆で記念写真を撮った。
そうしていると会場が開く。
退屈な式典。
天音は爆睡していた。
終ると私たちは一度家に帰る。
家で着替えてそしてまた街に集合。
ゲーセンで遊んだり、ボウリングしたりしていた。
大学生になってから月1くらいの感覚で皆で遊んでいた。
空達はそうでもないみたいだけど。
天音と紗理奈は今年で専門学校を卒業する。
紗理奈の母さんの家で働くつもりらしい。
「どうせ家にいても暇だしな」
天音達にとっては暇つぶしらしい。
夜になると居酒屋で騒ぐ。
紗理奈や天音を筆頭に女性陣も騒いでいた。
「天音、あまり飲み過ぎないで」
「いいじゃねーか!一生に一度のお祭りだぞ!」
成人式がお祭りなのかは分からないけど私は控えめにしていた。
今日だけじゃない。
大体の飲み会では大人しくしてる。
「水奈は大学生になってから付き合い悪いぞ!」
天音から文句が出る。
それでも仕方ない。
私には別に楽しみがあるから。
しかし今日はそう言うわけには行かないようだ。
「2次会は強制参加だからな!」
天音が宣言する。
私は空に連絡を入れる。
「今日は帰れそうにない」
「わかった。朝には帰るんだろ?」
「バスで帰るから、空は休んでいて」
「うん、早めに寝ておくから終わったら電話して」
「ありがとう」
何度空にその言葉を伝えただろう。
空はいつも私を大切にしてくれる。
それが分かるから、何度でも同じ感謝の言葉を伝える。
それが当たり前だと思ってはいけない。
いつでも相手を思いやる心を。
2次会はカラオケに行く。
遊達は違う店に行こうとしたがなずな達に捕まる。
「カラオケでいいよね!」
「いや、女性は女性で盛り上がってくれ。俺達は」
「どこに行くつもり?」
「……カラオケでいいです」
本当に懲りない奴だな。
「しかしあれだよな。高校卒業したら少しは遊べると思ったけどそうでもないんだな」
天音がそんな事を漏らしていた。
「そうだね、母さん達は遊びまくっていたらしいけど」
物騒な事件に巻き込まれたりもしたらしいけどな。
何も無い平穏な日々に飽きて「退屈だ」と不満を漏らしているうちが、きっと幸せなんだろう。
たまにこうして朝まで騒いで何事もなかったかのように皆日常生活に戻っていく。
そんな日を重ねていくんだ。
「空が来るまで時間あるだろ?コーヒーショップで時間潰さないか?」
天音が言うのでそうすることにした。
「空との生活はどうだ?」
天音が聞いてきた。
「特に何もないよ」
「何も無いってあいつ何もしてくれないのか?」
「いや、そう言うわけじゃない」
休日は私に構ってくれる。
授業が私より早いときは家事もしてくれる。
非の打ち所がないとはまさにこの事だ。
空はあまり一人で遊びに行ったりしない。
どうしてなのかは分からない。
単に学達が忙しいから遊ぶ時間が無いだけかもしれない。
じゃあ、どうやって日頃のストレスを発散しているのだろう?
ため込んでる様子もないいけど。
心が通じなくても空の考えてる事は分かる。
分かってる気になってるだけかもしれないけど、それでも空が幸せに思っている事くらいは伝わってくる。
そんな気持ちになってくれるのが嬉しく思う。
私が幸せに感じているから空もそう思っているのだろうか。
そして空がそう感じているから私も同じ事を考えているのか。
「天音はどうなんだ?新婚生活」
「水奈と一緒かもな」
もっとも天音は不満があるらしい。
もっと構って欲しい。
天音が大地に小言を言うより、大地が天音に小言を言う事が多いそうだ。
飲み過ぎるな。
無茶するな。
数えたらきりがないくらい小言が増えたらしい。
「普通逆だろ!」
「帰ったら酒瓶抱いて床で寝てたら文句も言いたくなるよ」
大地も強くなったんだな。
もっとも天音の身を案じての事なんだろうけど。
スマホに連絡が入る。
空からだ。
駅に着いたらしい。
「じゃあ、私そろそろ行くよ」
「ああ、また皆で遊ぼうぜ!」
天音はタフだな。
私は店を出て駅に向かう。
駅のロータリーに止まっている空の車を見つけて乗り込む。
「お疲れ、今日は帰ったらゆっくり休むだろ」
「ごめん」
「気にしないで。それよりどうだった?」
久々に皆にあったんだろ?
私は皆の事を伝えた。
なんだかんだ言って皆上手くやってるらしい。
「空は大丈夫なのか?もうじき就活しないといけないんじゃ……」
「就職先は決まってるからね。資格も取れたし問題ないよ」
後は無事に卒業するだけだと空は笑っていた。
家に帰るとシャワーを浴びてキッチンに向かう。
「空、朝食まだなんだろ?」
「いいよ、水奈は休んでて」
「大丈夫、まだ一日徹夜したくらいで倒れる歳じゃない」
とはいえ朝食を作って空が食べている様子を見ていると流石に眠気が襲ってきた。
「片づけは僕やっとくから水奈は休んで」
「ごめん」
「大丈夫だから」
空はいつでも優しい。
私は空の言葉に甘えてベッドに倒れるとそのまま寝る。
空は私を気づかってかリビングでゲームをしていた。
私が目が覚めたのは夕方くらいだった。
「あ、起きた?夕食は外で済ませようと思うんだけど」
「わかった。じゃあ着替える」
そう言って着替えると空と夕食を食べに行く。
食べたら家に帰って風呂に入ってそして二人の時間を過ごす。
平穏という名の退屈を過ごす毎日。
時折強い風が吹くけど風に乗って流れていくだけ。
向かい風に負けない用に力の限り進んでいく。
朝になると目が覚めてアラームがある。
そして隣で眠っている空を起こす。
今日がまた始まる。
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