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365日のラブレター
「空君、もう上がっていいよ」
「あ、でもまだこの案件だけ仕上げとかないと……」
「それはまだ余裕あるから大丈夫。良いから上がりなさい」
「でも……」
先輩とそんなやりとりをしていると父さんが社長室から出てきた。
「空、今日は大事な日なんだろ?早く帰ってやりなさい」
「わかりました、お疲れ様でした」
そう言って僕はPCを消して机の上を片付けるとバッグを持って事務所を出る。
もう12月に入っていた。
外は寒い。
会社まで徒歩で10分かからないけど自動車で通勤していた。
客先に出向くことが多いから。
社用車も用意されているけど経費で落とせるからと自家用車で通っている。
その代わり通勤手当は出ない。
年末になるとどこの業界も忙しくなる。
それでも土日祝日は休みをもらえるし、余程忙しくないと残業もほとんどない。
今日はクリスマスイブ。
水奈と夕食に出かけるように店を予約していた。
家に帰ると水奈は既に準備が出来ていた。
「おかえり、忙しいのにこんなに早くて大丈夫なのか?」
「早く帰ってやれって言われたよ」
幸いスーツで通勤していたので着替える手間は省けた。
お酒も飲むしバスで街に向かう。
街はすっかり色づいていて、イルミネーションの青い光が綺麗だった。
毎年のように水奈は写真を撮っている。
水奈には今年は何色に映っているのだろう?
予約していた店に入るとコース料理が来る。
クリスマス価格だったけどクリスマスだから気にならない。
水奈が不思議な事を聞いてきた。
「空は今年はクリスマスプレゼント入らないって言ってたから買ってないけど本当にいいのか?」
「うん、大丈夫」
「そっか……」
「とりあえず食事楽しもう?」
「わかった」
色々話をしながら最後のコーヒーが届く。
水奈は卒業後の進路は決めていなかった。
決めなくていいよって僕が伝えたから。
なずな達はETCに斡旋してもらえたらしい。
教員になる者もいる。
食事が終ると店を出る。
帰りのバスに乗るとゆっくりと家に帰る。
しかし、水奈が驚いた。
そうだろう。
いつもと違う停留所で僕は降車ボタンを押したのだから。
「おい、まだ早いぞ?」
「ちょっと寄りたいところがあるんだ」
「どこ行くんだ?もうコンビニかSAPくらいしか開いてないだろ?」
どちらでもなかった。
バスを降りると僕達は小学校に向かった。
まだ体育館の明かりがついている。
きっとママさんバレーの練習をやっているんだろう。
女性の声が聞こえる。
僕の意味不明な行動に戸惑いを隠せない水奈。
僕達は体育館裏に来た。
月明かりだけの暗い場所。
「まさかお前まであのバカみたいな変な趣味身につけたんじゃないだろうな」
「……ここから始まったんだよね」
「何が?」
水奈が聞いた。
ここで僕が美希から告白を受けて始まった物語。
ここで水奈が僕に告白をしてくれて始まった物語。
「そうだったな……」
水奈も思い出したようだ。
「今、後悔してる?」
僕が水奈に聞いた。
「そんなわけないだろ。空と一緒にいる事が出来て幸せな毎日だ」
それはよかった。
「あの時は水奈の勇気が僕を変えてくれた。だから今度は僕が勇気を出すよ」
「どういう意味だ?」
聞いてはいるけどきっと水奈はもう察しているのだろう。
僕はポケットからプレゼントを取り出した。
「この先も水奈を幸せに出来るように頑張るよ」
だから、水奈の人生を僕に預けて欲しい。
「馬鹿……私はもう空に人生を預けてるつもりだ」
体を震わせている水奈をそっと抱く。
「それが最後の涙にしてあげる。これからは僕がずっとそばにいるから」
傷つかないように、泣かないようにずっとそばにいてあげる。
「ありがとう、私も空が寂しくないように見守っているよ」
こんな私でいいならどうぞくれてやると水奈は言う。
「ありがとう」
「お礼を言うのは私の方だ。じゃ、もう帰ろう」
帰ってもっと幸せに浸りたいと水奈は言うけど、僕は首を振った。
「先に水奈の実家に寄るよ」
「……今日じゃなくてもいいだろ?」
「早く知らせたいんだ」
「わかった」
そう言って水奈は実家に電話する。
幸い誠司の誕生日のお祝いが終って片付けた後だそうだ。
手を繋いで水奈の実家に行く。
もう絶対に離さないと心の中で誓っていた。
「こんな時間にどうしたんだ」
「母さん、実は……」
「夜分遅く申し訳ありません。早急に話したい事があって……」
僕がそう言うと水奈の母さんは察したらしい。
「誠も丁度風呂から出たところだ、上がっていけ」
「失礼します」
水奈の母さんにリビングに案内された。
水奈の父さんはこれから僕が言う事を察していたのだろうか。
険しい表情をしている。
「例え何と言われようと私は空についていくから」
水奈がそう囁いた。
水奈の手を握っている手に力が入る。
「大事な話ってなんだ?」
水奈の父さんが言う。
僕は頭を深く下げた。
「単刀直入に言います。水奈さんと結婚させて下さい」
「父さん、私からもお願いします。空の側にいさせてくれ」
水奈もそう言って頭を下げた。
「だめだ、水奈は誰にも渡さん!」
水奈の父さんがきっぱり言った。
すると水奈の母さんが水奈の父さんの頭をどついた。
「この馬鹿!2人が真面目に話してる時にふざけるな!」
「と、冬夜も後悔してたらしいんだ。一度言ってみたかったセリフって……」
「2人そろって馬鹿が!娘をやっと他人様の家に送り出せるんだ。素直に喜べ!」
「わ、わかった。ただもう一つだけ俺の願いを聞いてくれないか?」
水奈の父さんから何かあるらしい。
「出来る事なら……」
「空と2人でちょっと出かけてきていいか?」
「何する気だ?」
「空を試したい」
「だから何をする気だ」
「空と勝負する」
は?
「娘が欲しかったら俺を倒していけって……いてぇ!」
「ふざけるなとさっき言ったばかりだろうが!」
「本気で娘婿を傷つけたりしねーから!男同士で話をしたいんだよ」
「……わかったよ。水奈、構わないな」
「母さんが言うならそうする」
家を出る際に「気を付けて」と水奈の不安そうな言葉。
「大丈夫だよ」
そう言って水奈の父さんと外に出る。
行きついた先は小さな公園。
「一発だけ殴らせろ。抵抗したければ好きにしろ」
抵抗したら水奈は渡さないとか言い出さないだろうな?
でも水奈の親だ、下手に傷つけたくない。
娘親の心情って物もあるんだろうな。
「じゃあ、行くぞ」
そう言って水奈の父さんが僕の腹部を殴る……あれ?
殴るというか軽く撫でた程度の威力だった。
「言ったろ?娘婿を傷つけたりしないって」
そう言って水奈の父さんは笑っていた。
「俺みたいなダメオヤジでも神奈のお蔭で立派に育ってくれた。もちろん空の助力があったことも知っている」
そんな駄目な父親に出来るのは娘の夢を叶えてやること。
だけどやっぱり他人に愛娘を渡すのは悔しい。
こんな情けない姿水奈に見せたくない。
だからここに呼び出した。
「たまには連絡くれ。もう2人とも大人だろ?孫の顔でも見せてくれ」
水奈の父さんがそう言うと僕達は水奈の実家に帰った。
すると水奈の母さんが言う。
「トーヤ達にも報告しておいた。悪いがそのままトーヤの家に寄ってくれないか?」
「分かりました」
そして僕達は実家に行く。
「お前も覚悟を決めたんだね」
父さんは僕を見るなりそう言った。
「これからは空だけじゃない。水奈の人生も背負うんだ。その意味をちゃんと理解してる?」
「身を粉にしてでも水奈を幸せにするよ」
「それじゃダメだ」
僕がこの身を賭して、自分を犠牲にしても水奈は絶対に幸せになれない。
どんな事があっても2人で乗り切る覚悟を決めなさい。
父さんはそう言った。
「冬夜の言う通りだ。これからは空一人じゃない。水奈と……子供の運命も背負うんだ。空が犠牲になっても悲しむ人が増えるだけだよ」
お爺さんが言った。
「わかった。2人で幸せになればいいんだね?」
「ああ、頑張りなさい」
「そうなると式場の手配もしなければなりませんね」
母さんが言う。
「それなんだけど……実はお願いがあって」
「お願い?」
母さんが聞いていた。
父さんは笑っていた。
きっと気づいているんだろう。
僕の両親への最後のお願いだった。
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