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2人の時間
(1)
「空!朝だよ!起きて」
「おはよう翼」
翼は早起きするようになった。
「翼が起きなかったら私が空を襲う」と天音と勝手な約束をしたらしい。
真に受ける必要もないのに翼は真面目だから必死になって早起きしてくる。
そんな翼の気持ちも分かってしまうから僕も素直に起きる。
翼は僕が起きるのを確認すると、僕のクローゼットを探っている。
「翼、何してるの?」
「初めてのデートでしょ!服選んであげる!」
ああ、そう言う事か。
僕はあまり服装に関して興味がない。
そう言うところは父さんに似たらしい。
だから僕の服を選ぶ時は翼と天音が喧嘩しながら選んでいる。
翼と天音の好みは極端に違う。
翼はロングスカートやワンピースを好む、母さんの好みに近いそうだ。
だから母さんの古着を切ることもある。
天音はミニスカートやホットパンツ・ショートパンツを好む。
翼はおしとやかな感じ、天音は活発な感じだ。
尚、水奈は天音に近く、美希は翼に近い。
そんな2人が男の服を選びだせば喧嘩になるのは必然。
最近は翼の好みに合わせて、清楚な服装にしてる。
今日もシャツに麻のジャケット。チノパンを穿いている。
それに今年2人の誕生日の時にプレゼントしてもらったお揃いの腕時計をつけて準備完了。
準備を終えると朝食を食べて身だしなみを整える。
姉がいるとだいたい弟は姉の着せ替え人形になるそうだ。
髪形まで、翼がセットしてくれる。
翼が満足するならそれでいい。
天音も準備する。
そろそろ時間だ。ショッピングモールまで自転車でいかないと間に合わない。
天音が降りてくると。母さんが天音を呼び止める。
「天音!待ちなさい!そんなもの持ち出して何をするつもりですか!あなたにはまだ早すぎます!初めてのデートでしょ!」
「じゃあ、何回目なら良いんだよ?」
「回数の問題じゃありません!せめて中学生になるまで待ちなさい!冬夜さんの気持ちも考えてあげて」
何を話しているのだろう。
母さんは下に降りて来て天音のそれを回収した。
僕と翼は唖然とした。
父さんの部屋から持ち出したらしい。
「どうせ、翼たちに対抗意識燃やしてるんでしょうけど、天音はまだどちらと付き合うのか決めてないのでしょ?」
何か説得の仕方が違う気がするんだけど、片桐家ではこれが常識。
父さんはこういう話になると何も言わない。ただ苦笑いしてるだけ。
また今夜も母さんの方のお爺さんと飲むんだろうな。
すると呼び鈴がなった。
大地と粋が待っていた。
わざわざ迎えに来たようだ。
「お、おはようございます。天音似合ってるよ」
「へえ、いつもと違うんだな。似合ってるぜ」
「ありがとな」
大地と粋が服装を褒めると少し照れてる天音。
翼が少し寂しそうだ。
そう言えば朝言うの忘れてたな。
翼の手を握って伝達する。
「翼も似合ってるよ」
「……ありがとう」
言葉にするよりも気持ちで表現した方がストレートに伝わる。
翼はあることに気が付いた。
「あれ?美希は?」
翼が大地君に聞いていた。
「姉さんは学が迎えに来たから先に現地に向かってます」
「なるほどね」
僕達がショッピングモールの映画館に行くと学と美希が待っていた。
「あとはこれで全員かな?」
「いや、まだ水奈がきてない」
「ああ、それなら大丈夫。さっき連絡あった。一人追加だ」
天音がそう言って笑った。
「一人追加って誰?」
翼が天音に聞いていた。
「遊が名乗りを上げたらしい」
あの二人も付き合っているのだろうか?
(2)
朝からスマホが鳴る。
誰だろう?
スマホを見ると遊からだった。
「おっす」
「遊か、どうしたんだ。珍しい」
「今日天音達ショッピングモールに遊びに行ってるんだろ?水奈一人暇じゃないかと思ってさ」
今日の事は学から聞いたんだろう。
なるほど、遊は私とデートでもするつもりなのか。
「悪いな。私も呼ばれてる」
「なんで!?それじゃ一人で寂しいだろ?」
「私がいないと粋か大地が一人で寂しいから人数あわせだ」
粋も天音を狙ってるらしいしな。
「じゃあ、俺も行く!」
遊が突然言い出した。
「そりゃ無理じゃないか?第一また一人あぶれるじゃない」
「粋は天音に夢中なんだろ?だったらどうせ水奈が1人で寂しい思いするだろ?」
「それで遊が相手してくれるってのか?」
「だめか?」
「学がいいって言ったらいいんじゃないか?」
どうせ天音か翼に相談するだろうし。
「ちょっと待ってて」
遊が学に直談判してるようだ。
「恋も一緒に来るならいいってさ」
恋を一人家に残すわけにはいかない。
ちなみに遊の母親は仕事、父親は朝帰りで寝てるそうだ。
「天音達には?」
「ちゃんと伝えておいた」
「じゃあ、現地で待ってる」
「いや、俺迎えに行くよ」
随分必死だな。
「変な心配しなくていいよ。恋も連れていくから」
遊が恋の世話をするなら結果的には状況は変わらないんじゃないのかと思ったけど、まあいいや。
遊がその気なら私も遊に返事をした方がいいし、それは早い方がいい。
「分かった。準備して待ってる」
「急いでいく」
「慌てるな。恋だって女の子だぞ」
準備する時間くらいほしいだろ。
そのくらい察してやれ。
それから30分くらいしてから遊と恋が来た。
そして約束のショッピングモールに向かう。
来ていたのは学と美希だけだった。
学達と話をしていると翼たちがやってきた。
「ごめん、待たせた?」
空が言う。
「大丈夫、上映時間までまだあるし」
美希がそう言った。
「じゃあ、先にチケット買っておいた」
学はそう言ってチケットを配る。
翼と空、天音の両隣りに粋と大地、美希と学、遊と恋。
私は幸運にも空の隣に座る事が出来た。
幸運だけど非常に危険な綱渡りだ。
この前から空といっしょにいるだけで胸が苦しくなる。
それのどこが致命的なんだって?
翼は人の心を読み取るスキルがある。
私の気持ちを読まれたらゲームオーバーだ。
昔、恋をした女の子が両親に気取られないように親密度を上げていくというミニゲームがあった。
一度に親密度を上げ過ぎると親に気取られて引き離されてしまうというバッドエンドが待っている。
実際今日までもなんとか翼に感づかれないようにするのに必死だった。
片桐姉弟はすぐにポップコーンとホットドッグとジュースを買う。
そしてホットドッグは劇場に入る前に食べ終わってしまう。
朝食抜いてきたのかな?
劇場案内が始まった。
私達は席に座る。
翼と空と天音はポップコーンを食べながら待っている。
美希は映画が始まるのを静かに待っている。
館内はお静かに。
沈黙する。
よくよく考えると初めてのデートで映画ってどうなんだろう?
会話もないし気まずくならないか?
しかし館内という事を忘れて3人はポップコーンを食べながらジュースを飲む。
天音はポップコーンを食べ終わると早くも寝る体制に入っている。
まだ予告すら始まってないのに。
映画が始まった。
内容はラブコメ。
少年漫画のラブコメを実写化したもの。
ギャングの娘と極道一家の息子が恋人のフリをしないと即抗争という話。
感想は一言で言うとつまらない。
男子達の中では何か感じるものがあったのだろうか?
美希の中でも何か感じるものがあったのだろうか?
天音と翼は2人仲良く寝ている。
大地がこの映画を選んだらしいが何でこんな映画を選んだのだろうか?
もっとましな映画いくらでもあっただろ?
魔法使いの奴とか、暴走するタクシーとか。
どうしてよりによってこの映画を選んだ?
欠伸すら許されないこの状況は映画のうたい文句を借りるとすればまさに「地獄」
しかしそんな事お構いなしなのが片桐姉弟だった。
3人そろって爆睡してる。
天音のいびきが私のところまで聞こえてくる。
すると予想外の出来事が起こった。
空だって片桐家の人間だ。
お構いなしに寝る。
そして私の肩の上に頭を乗せていた。
もはや映画どころじゃなかった。
こんなどこに面白さを見つけたらいいのか分からない映画に集中する。
映画が終ると大地が天音達を起こしている。
「あ、終わった?」
天音は思いっきり背伸びをしながら欠伸をしていた。
仮にも彼氏候補と映画を見に来ているのにもうちょっと恥じらいがあってもいいのでは?
「んじゃ出ようか」
にこりと笑って美希は言う。
「大地、もっと面白い奴選べよ。めっちゃつまんなかった!」
天音はデートというものを理解しているんだろうか?
「ご、ごめんなさい」
「アニメとかの方がまだましだったぜ。思いっきり爆睡してた」
天音は容赦と言う言葉を知らない。
空や翼がフォローすると思ったのが間違いだった。
「翼、今度の新作バーガー美味しいらしいよ」
「本当?じゃあ昼ご飯はファストフードで決まりだね」
「そしたらダブルチーズとフィレオフィッシュと……」
この二人の中で映画は無かったことになってるらしく、興味は昼食に移動していた。
「あ、ずりーぞ翼!私にも!!」
天音も興味は新作バーガーの方が優先らしい。
呆然と立ち尽くす粋と落ち込む大地。
大地には同情する。
昼食を終えるとこれからどうするか決める。
「大地、ゲーセン行こうぜ!」
天音は悪びれる様子もなく落ち込む大地君をゲーセンに引っ張る。
「俺達も一緒に行こうか?」
遊が聞いてきた。
そういや、遊と恋も来ていたんだな。
「私も水奈と一緒がいい」
粋と大地の話は恋も知っているんだろう。
「学はどうする?良かったら私行きたい場所あるんだけど」
「じゃあ、そこでいいよ」
美希と学は別行動をとるらしい。
「じゃあ、翼。私達も別行動で」
「わかった。じゃあまたね。空、私も2人で行きたいところあるんだけど」
「いいよ」
そう言って翼達もショッピングモールの中に入っていった。
残った私たちはゲーセンに向かった。
大地と粋は天音に必死にアピールをしている。
遊は恋がプリ機に夢中になってる間に私と2人っきりになった。
遊と2人でベンチに座る。
遊がジュースを渡してくれた。
「天音はどっちを選ぶんだろうな?」
「どうだろうね」
天音の性格的には粋だと思うんだけど、遊と粋は気づいてないかもしれないが天音の関心が大地に向かっているような気がしたのは女の勘?
「……水奈は好きな人いるのか?」
やっぱりそういう魂胆か。
そうだろうと思っていたのも会って私はいたって平静だった。
「いるよ」
それは遊に対する死刑宣告。
「だ、誰!?」
「それは言えない」
「もう付き合ってるのか?」
「まだだ……」
自分の想いすら打ち明けてない。
それを聞いた遊は安心したのだろうか、慌てていたのだろうかわからないけど突然言った。
「俺は水奈が好きだ。良かったら俺と付き合って欲しい」
一応最後まで話を聞いていた。
そうじゃないと失礼だと思ったから。
きっと私が空に告白する時がくるとしたら同じような気持ちなんだろうから。
ダメもとで玉砕する覚悟……か。
遊は立派だと思う。
だからちゃんと返事をする事にした。
「私の好きな人は、きっと私の気持ちに気付いてもくれてない。私には決して届かない人」
「だったら……」
「それで諦めるような気持ちで遊は私に告白したの?」
そう言うと遊はだまってしまった。
下手な慰めはかえって傷つける。
そう思ったからただ隣に座っていた。
そして遊がようやく話した。
「ごめんな、変な事言って。今のは忘れて、良かったら明日からまた友達でいてもらえないか?」
「忘れない」
「え?」
「遊の勇気だけは受け止める。好きだって言ってくれたのは嬉しかった。でも私は遊とは付き合えない。その上で友達でいてくれるのならありがたい」
随分虫のいい話だ。
「……ありがとう」
「気にしないで」
「天音、一緒に撮ろうよ」
恋がやってきた。
「記念に遊も一緒にどうだ?」
「あそこ男子入れないんじゃ?」
「私たちと一緒なら大丈夫だよ」
「うーん、遊も一緒か……ま、今回だけは特別だよ」
ひょっとしたら恋も聞いていたのかもしれない。
だからそんな気分になったのだろう。
遊の勇敢な恋は此処で終わった。
今はゆっくり休め。
きっと新しい恋が待ってるはずだから。
そして私もいつか空に自分の気持ちを伝えよう。
私の恋はまだ始まりの鐘の音すら鳴ってないのだから。
(3)
「お前やるじゃん!」
天音に褒めてもらえた。
実際の銃より軽いし反動も無いから戸惑ったけど、なれると簡単だった。
実際の銃?幼稚園の頃から解体・組み立ての訓練受けてたよ。
ガンシューティングというジャンルのゲームをやっていた。
銃の形をしたコントローラーを操り画面に映る敵を狙い撃ちしていく。
ヘッドショットを狙うのはたやすい事。
素早くリロードして次々と狙っていく。
天音と二人で遊んでいたら周囲に人が集まる。
天音もこの手のゲームは上手いみたいだ。
次々とステージを攻略していた。
ラストまでクリアすると拍手が起こる。
軽いとはいえ長時間持っていたらしんどい。
腕が疲労していた。
ベンチに座っていると天音がジュースを買ってきてくれる。
「ありがとう」
ジュースを飲んで一息つく。
「お前結構色々特技あるんだな?他にどんなゲーム得意なんだ?」
天音が聞いてきた。
「あまり家ではゲームしないから」
「じゃあ、家でなにしてるんだ?」
「勉強」
「お前真面目過ぎるぞ!」
「……ごめんなさい」
僕はどうも女子を楽しませるのが苦手らしい。
姉さんともっと遊んでおくべきだったかな?
落ち込んでる僕を見て天音は何か考えている。
「よしっ!次行こうぜ!」
まだ何かやるの?
向かった先はプリ機のコーナーだった。
天音は適当に筐体を選んでその中に僕を押しやる。
天音は慣れてるらしい。
空と撮りに来てるのかな?
次々と選択して撮影を待つ。
画面に映ってる浮かない僕。
撮影の瞬間僕の頬にキスをする天音。
「唇だと顔隠れてしまうからな」
天音はそう言って笑った。
驚いた。
その驚いた瞬間の顔が映し出されている。
天音は笑っていた。
自分も笑っていた。
天音はその画像に落書きをして行く。
僕の顔にも落書きをする。
最後に「天音、大地」と書き込んで終了。
プリントアウトされた写真シールを備え付けのはさみで半分に分けて僕にくれた。
「お互いペンケースにでも貼っておこうぜ!バカップルに見えるかな?」
そう言って天音は笑う。
それにつられて僕も笑っていた。
すると天音はそれを見て言う。
「それでいいんだよ!」
え?
「折角遊びに来たんだから、ちったあ楽しそうな面しろよ」
「でも僕映画の選択でヘマして天音の機嫌損ねて……」
「なるほどな、そこから間違えてるんだよ大地は」
「どういう意味?」
「映画はくそ詰まらなかった。でもそれだけの話じゃねーか。楽しい思い出は今出来たろ?」
天音はそう言って笑った。
「ガンシューティングのゲームしてる時のお前かっこよかったぜ。良い事もあれば悪い事もある。そう言うのを全部まとめて二人で楽しんでいこうぜ」
「天音は今日楽しかった?」
「ああ、楽しかった。大地は楽しくなかったのか?」
「……正直に言ってもいい?」
「ああ、いいぞ」
「緊張してよくわからなかった」
「そう思ったからプリ機に誘ったんだよ。お前の顔傑作だった。これ一生大切にする」
「僕も大切にするよ」
「よし、最後にエアホッケーして帰ろうぜ!」
天音はそう言って移動する。
「ちょっと待てよ。俺とは撮ってくれないのか!?」
粋が割って入る。
すると天音の表情が急に真面目になった。
「いい加減私も返事しないと二人を困らせるだけだよな……」
そう言って天音は僕の手を握り締める。
「不釣り合いだと思われるかもしれないけど、私は大地を選ぶ」
「な、なんで!?」
狼狽える粋。
だけど天音の話は続く。
「粋に好きだって言われた時も嬉しかったし驚いていた。でもあの時一番私の心を支配したのは大地だ」
その時の気持ちは今でも忘れられないと天音が告げる。
「もちろん、今日の私を見て大地が私に幻滅したなら話は別だけど……それでも保険扱いされるのは嫌だろ?」
天音がそこまで言うと粋は俯いて何も言えなくなってしまった。
「ごめんな……」
天音がそう粋に声をかけると、粋は顔を上げて作り笑いをして僕の胸をどつく。
「どうやら俺の負けみたいだ。くやしいけど。大地、もし天音を泣かせるような真似したら絶対許さないからな」
「……うん」
「じゃ、俺かっこ悪いしそろそろ帰るわ」
そう言って粋は帰っていった。
天音は僕の顔を見て言う。
「ちっとも女らしくないけどそんな私でいいなら付き合ってくれないか?」
「……こちらこそよろしくお願いします」
「じゃ、エアホッケーやろうぜ。言っとくけど女子だからって手加減したら承知しねーからな」
「分かってる」
天音も僕も笑っていた。
勝負は引き分けだった。
「私とタメはれるのは翼だけだと思ったんだけどな!」
本気で悔しがってる天音。
いつだって本気なんだ。
いつだって本音なんだ。
だったら僕も応えよう。
本気で天音に応えよう。
本音を天音にぶつけよう。
そうやって育てていくのが恋というものなんだろう。
2人の時間を楽しんで、そして天音を送って帰った。
「次は最初から二人で」
「ああ、徹夜でカラオケ行こうぜ!」
僕達だけだとそれは無理だよ天音。
(4)
僕達は男性物の下着売り場にいた。
翼が悩んでいる。
何を悩んでいるのだろう?
すごくしょうもない事だった。
彼氏だから少しはお洒落なパンツをはいて欲しい。
しかし普段の僕の姿を知っている。
今さらなんじゃないのか?
そもそも僕が翼以外の女子にそんな姿を見せるなんて許されない。
翼は本気で悩んでいるようだった。
だから思わず笑ってしまった。
「笑わないでいいじゃない。人が真剣に悩んでるのに!」
「ごめんごめん」
でも本気で悩んでるからこそおかしかったんだよ。
翼でも迷うときあるんだなって。
翼の心に伝えてみた。
「どうせ翼しか見ないんだから翼の好みの選びなよ」
翼は笑って応えた。
翼が選んだ下着を買うと、あとは用がない。
そろそろ帰ろうとしたら翼が止めていた。
まだやる事があるらしい。
翼は僕の腕を掴んで目的の店に向かった。
小学生向けのランジェリーショップ。
逃げ出そうとする僕の襟を掴む翼。
「私だって空の選んであげたんだから空も選んでよ!」
無茶だ!
ただ見てるだけでも恥ずかしいのに選べって言われても。
でも翼は本気だったようだ。
ずかずかと入って物色する。
小学生用のものだからそんなに派手なのは無かったけど女子の下着に間違いはない。
翼はブラとショーツのセットをいくつか選ぶ。
「店の中ウロウロしてたら空が怪しく思われるだろうから、いくつか選んでみた。私に似合うのを選んで」
それだけでも十分怪しいと思うんだけど……。
このままじっとしているのも耐えられない。
直感で選ぼう。
白いのと水色の奴を選んだ。形はどれもそんなに変わらない。
「ふーん、空はこういうのが好みなのか」
そう言うと、翼は笑ってそれを持ってレジに並ぶ。
翼が購入すると店を出て家に帰った。
家には父さん達が帰ってきていた。
「2人の時間はどうだった?」
父さんが聞いた。
「楽しかった。面白かった」
翼が答える。
「よかったな……」
父さんは複雑な表情だった。
すると翼がとんでもない事を言い出した。
「空に下着選んでもらった時凄い顔真っ赤にして面白かったよ。パパもそうだったの?」
父さんは動揺していた。
「そうか……空もそういう経験をしたのか」
父さんはそう言って黙っていた。
食事を済ませて風呂に入り部屋に戻ろうとする。
するとリビングにいた父さんに呼び止められた。
「空だけちょっと座りなさい」
なんだろう?
ソファに腰掛ける。
父さんが小さな声で話したのは階段の陰に隠れて様子を窺ってる天音と翼に気付いたからだろう。
「翼は父さんの血が強いと思っていたけど愛莉の血もしっかりもってるようだ」
ああ、父さんも同じ思いをしたんだな。
「愛莉は若い頃少々強引なところがあってね……お前も気をつけなさい」
「うん、わかった」
部屋に戻ると翼と天音が部屋に来た。
「パパになんて言われたの?」
天音が聞いてくる。
翼は何も言わずにただ笑っている。
読まれたな。
「翼はしっかり母さんの血を継いでるってさ」
「どういう意味?てかさ、二人でどこ行ってたんだ?」
「前に言ったじゃん。『パンツ選んであげようか?』って」
答えたのは翼だった。
「まさか二人で買い物ってそう言う事!?ずるいぞ翼!空、どんなの買ったんだよ?見せてみろ」
天音が言う。しかし翼はまだ笑っていた。
「空はこう言ってた『私にしか見せる気無い』って」
「つまりそう言う下着か!」
「そうね、反対に空の好きな下着も私買ったよ」
「なんだよそれ!私だけ仲間外れとかあり得なくね?」
「悔しかったらまずは大地とそういう仲になるのね」
「うぬぬ……」
悔しがる天音。
あれ?
「そういえば、天音はどっちと付き合う事にしたの?」
僕が天音に聞いていた。
「大地にした。第一印象って大事なんだな。今でも私の心に残ってたんだ」
天音の話を聞きながら翼と交信していた。
「……翼気づいてた?」
「そりゃ、家に帰って天音を見た時から気づいてたよ」
「なるほどね」
翼は天音の心をちゃんと読んでいたようだ。
「それよりも待ってるからね」
「何を?」
「あの下着使う日ちゃんと決めておいてね」
思わず翼の顔を見る。
翼はにこりと笑っていた。
「おい!人に話振っておいて何二人の世界作ってんだよ!」
天音が怒る。
天音の話は不満ばかりだけど、楽しそうに話していた。
それぞれがそれぞれの2人の時間を楽しんだ一日だった。
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