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ダメ!
(1)
「これは一体何の騒ぎ?」
騒ぎが収まろうしていた中に登場した新たな人物。
それは石原美希さんだった。
「美希?どうしたの?」
翼が美希さんに聞いている。
美希さんは黙ったまま何も言わない。
「ああ、美希も気になったのね。やっぱり悪戯だったみたい。誰もいなかった」
美希さんは俯いている。
そして体を震わせている。
嫌な予感がする。
その嫌な予感は「共鳴」を伝わって翼に届く。
それは不安という感情に変って僕に返ってきた。
誰も何も言わない。
同じ事を皆考えたんだろう。
そしてそれを口にすることを皆恐れていた。
沈黙を破ったのは三沢さんだった。
「いや~参ったね。皆騙されたって事だね!」
「そ、そうだな。まあ、空に彼女なんてできるわけねーよな!」
天音がそれについていく。
竹本さんと水奈は何も言わない。
様子を伺っているようだ。
そして、なぜか翼は僕の腕を掴んで離さない。
不安が増していく一方の様だ。
「じゃ、解散しようか。空、帰ってゲームしようぜ」
天音が僕の腕を掴んでその場を立ち去ろうとする。
「待って!」
美希さんの声が時を止めた。
「悪戯なんかじゃない……」
多分誰もが想像していた事態になったらしい。
その続きを聞きたくないけど誰も動かない。動けない。
「その手紙の送り主は私です。空君」
言っちゃったよ。
どうしよう?
「えーと、この手紙は美希さんのものって事はつまり……」
恐る恐る聞いてみた。
「間違いありません。私、石原美希は片桐空君の事が好きです。付き合ってください」
皆、その場から動こうとしない。
いや、正確に言うと竹本さんと水奈はこの場から逃げ出そうとしていた。
やっぱり僕が何か言わないと収まらないのだろうな。
僕は正直美希さんの事はあまり知らない。
だから突然好きだと言われても困る。
そう正直に伝えればいいのだろうか?
父さんだったらこういう修羅場どうするだろう?
父さんはこういう修羅場をくぐってきたんだろうか?
思い切って飛び出せ!
そう覚悟を決めた。
「あの、美希さん……」
僕が言おうとした時だった。
「ふざけるな!!」
先に切り出したのは天音だった。
別にふざけていないと思うよ。
天音だってこの場の空気くらい読めるでしょ。
天音は間違いなく空気を読んでいた。
だから叫んだ。
「私だって空の事が好きだ。大好きだ!誰にも渡さない!」
はい?
「ちょっと天音まで何言ってるの?」
翼が言う。
「兄妹だからって我慢してた。誰かにとられるくらいなら私も言う。私も空が好きだ!」
うわぁ……どう考えたってドッキリじゃないよね?
そんな冗談が通じない雰囲気だって事くらい天音にもわかってるはず。
いきなり三角関係ですか?
ていうか実の妹だぞ!?
初恋でそれはきついよハッキリ言って。
ていうか僕の気持ちはどっちを向けばいいの?
整理がつかないうちに自体はもっとややこしい事態になる。
「ダメ!そんなの私が許さない」
翼が言い出した。
自分の妹が弟といちゃついてるところなんて見たくないよね。
しかしそんな生易しいものじゃなかった。
「私だって空が好き。私が一番大好きな人。誰にも渡さない」
もう僕の思考回路は休息を欲してるようだけど。
誰か助けて。
ここで空気読まずに光太辺りが登場してくれると凄く助かるんだけど。
「そんなの無理にだよ。翼と天音は兄妹だよ」
美希が言う。
凄く正論だと思う。
「分かってる!でも私以外の誰にも空は渡さない!」
天音は泣いている。
僕は酷く混乱している。
初めて異性から告白された挙句姉妹からも告白されるという非常事態。
しかも突然翼は僕顔を掴むと口づけをした。
人間混乱極まると頭が真っ白になるって言うけど本当だね。
しかもどこで覚えてきたの?翼。
翼の舌が僕の口内へ侵入してくる。
熱い接吻が終るのを皆が見守っていた。
いや、皆突然の出来事に思考が停止しているんだろう。
口づけが終ると翼は言った。
「これで空は私の物。誰にも渡さない」
「ふざけるな翼、ずりーぞ!自分だけ!」
天音が僕と翼を引きはがす。
「私の方が天音より長い時間一緒にいる。たとえ相手が天音でも譲れない」
今日の翼は平静じゃなかった。
突然始まる姉妹げんかを仲裁する僕。
「2人とも落ち着けって」
落ち着きたいのはむしろ僕なんだけどね。
どうにかしなくちゃ。
「えっと美希さん。今日のところは一旦この辺にしとかない。皆冷静になってから話しあおうよ」
「空君は誰を選ぶの?」
美希さんが言った。
この場で僕に3択問題か?
選択肢はそんなにないけど、その決断を今しないといけないのだろうか?
とりあえず一番無難そうな選択を選ぶ。
「僕に時間をくれないかな?僕も突然の事態に頭が混乱して正常な選択が出来そうにないんだ」
逃げた。
でも美希さんは理解してくれたようだ。
「そ、そうだね。今日は一旦終わりにしとこうか?」
「じゃ、私達帰るね」
この瞬間を狙っていたかの如く竹本さんと三沢さんは立ち去った。
残された5人。
「じゃ、私も帰るね。いい返事期待してる」
美希さんはそう言って帰っていった。
「僕達も帰ろうか?母さんが心配してるよ」
僕はそう言って二人を連れて帰る。
左右の腕は翼と天音に拘束されて、そして二人はにらみ合ったまま家に帰った。
水奈はその後ろを静かについてきていた。
「おかえりなさい、今日は遅かったわね。あれ?二人ともどうしたの?」
母さんは、翼と天音の異変に気が付いたようだ。
二人は何も言わず部屋に帰っていった。
僕は母さんに呼び止められる。
そして母さんと二人でリビングで話す。
今日の放課後の出来事を母さんに話した。
「空ってモテるのね。冬夜さんに似たのかしら」
それでいいのか!?母さん。
「でも空も男の子なんだからちゃんと返事しないと駄目ですよ」
「それって誰かを選べって事?」
「空は誰か気に入る子がいたの?」
「……考えたこともない」
「それがあなたの答えなんじゃない?」
え?
「今は誰とも付き合えない。それでいいじゃない。それは逃げとは言いません。あなたの意思をちゃんと主張してるだけです」
母さんは言う。
「わかった……明日伝える」
「そうしなさい。でもまず二人と仲直りするところから始めなさいな」
母さんはそう言って笑った。
「わかった」
そう言ってリビングから自分の部屋に戻った。
(2)
衝動的にとはいえやってしまった。
もう後戻りはできない。
でもパパは言ってた。
人生は「急にボールが来たから」なんて言い訳は通用しないって。
今しかないと思ったから行動に出た。
私の人生初めてのキスは私の弟に……初めて好きになった人に預けた。
後悔はしてない。
たとえ許されない恋だとしても。
一度だけの恋だから我儘にキスをした。
天音は何も言わない。
部屋に帰ってからも天音はゲームで遊んでる。
私は何をしていいか分からない。
取りあえず宿題を済ませようかと思った時だった。
「なあ、翼」
天音がやっと口をきいてくれた。
「どうしたの?」
「私思ったんだけどさ」
天音がゲームを止めて私と向き合う。
「今の状況ってすっごい気まずいと思うんだよね」
「……ごめん」
私のせいだよね。
「そうじゃなくてさ。空も一度に3人に告白されてパニクってるのに、助言してやるべき私達が喧嘩してたってしょうがなくね?」
確かに天音の言う通りだ。
「で、どうしたらいいと思うの?」
「とりあえずさ、休戦しない?」
「休戦?」
「私も翼も空が好きなんだって事は今日分かったわけじゃん。で、そこに美希が割り込んでるわけだろ?」
そうだね。
私はうなずいた。
「私達優先順位間違えてない?何が一番大切なんだろう?って考えたんだ」
「……それは空ね」
私が言うと天音はうなずく。
天音の言いたい事は分かった。
空が大事だから、空の居づらい状況を作るべきじゃない。少なくとも家の中ではゆっくりさせてやりたい。
「だから休戦協定。とりあえずは空を守るって事で手を打たね?」
「いいけど天音はいいの?」
「そうだね、このままじゃ不公平だ」
「どうしたらいい?」
「そんなの簡単!あのね……」
天音が私に耳打ちする。
……それも仕方ないか。
「分かった。それで手を打ちましょう」
「さすが翼。話が分かる」
天音はそう言って笑う。
私は署直複雑だった。
その時ドアをノックする音が。
「僕だけどはいっていいかな?」
空だ。
「いいよ~」
天音が返事する。
空が入ってきた。
「あのさ、2人とも話を聞いて欲しいんだけど……」
「とりあえず部屋に入ってドアを締めろ」
天音が言う。
空は天音に言われたとおりに部屋に入ってドアを閉めた。
「次にそこにちょっと立って目を閉じてろ」
天音に言われるがままに立って目を閉じる空。
私も目を閉じて心を塞いだ。
(3)
夕ご飯を食べる。
とても気分が良い。
食も進む。
「あれ?随分と機嫌がいいみたいね。天音」
愛莉が聞いてくる。
「まあね~」
「何か学校でいい事があったのか?」
パパが聞いてきた。
「パパには関係ない」
「そうか、関係ないのか……」
落ち込んでるパパを見てて可哀そうになったので話題を適当に振ってみた。
「パパはファーストキスは愛莉と?」
「そうだよ」
「何時したの?」
「中2の時でしたっけ?」
「そうだな……」
愛莉とパパが言う。
じゃ、私の勝ち~。
「天音はもうしたのか?」
パパが聞いてくる。パパは勘は鋭い。
「今日したよ」
家で。
「そうか、もうしたのか……」
悔しいのだろうか?
「冬夜さん、ダメですよ。今からそんな事では。この先どうするんですか?」
愛莉が微笑んでパパに注意する。
「そうだね……」
どうしてパパは落ち込んでるんだろう?
「で、同級生としたの?」
愛莉が聞いてくる。
「内緒」
兄としたなんて言えない。
「翼もしたんだよな?」
翼に振ってみた。
「そうね……」
「最近の子は早いんだな。それにしても翼は落ち込んでるようだけど何かあったのか?」
パパが翼に聞いてる。
「色々ある年頃なの。聞かないで……」
元はといえば自分が抜け駆けするからだろうが。
「色々ある年頃か。まあそうなんだろうね」
パパは鈍いのか鋭いのかよく分からない。
「空はキスしたのか?」
パパは空に聞いていた。
「したよ……二回」
「空はモテるみたいですよ。冬夜さんに似て」
「なるほどね」
パパは空をじっと見てる。
パパがこの表情になるときは何かを読み取ってる時。
それは愛莉も知ってる。
だから、愛莉がパパに耳打ちする。
愛莉は知ってるのか。空が喋ったか?
「そういうことか……なるほど」
パパは納得したようだ。
それ以上の追及はしなかった。
「ご馳走様。2人とも風呂入ろ?」
翼と空に声をかけて風呂に行く。
服を脱いで体を洗って湯舟に浸かる。
しかしそろそろ大きくしてもらわないと本当にきついぞ。
「天音、約束したんだからね。抜け駆けは駄目だよ」
「翼こそ抜け駆け許さねーからな!」
「約束ってなに?」
空が聞く。
私達はにやりと笑って答えた。
「女同士の密約ってやつよ」
「密約?」
空はよく分かってないらしい。
風呂を出ると。空とゲームして遊ぶ。
愛莉もパパも「勉強しろ!」とか小言はあまり言わない。
ちゃんと結果出してれば文句は言わない主義らしい。
でも寝る時間はちゃんと言う。
「早く寝なさい」じゃない。
「空は自分の部屋で寝なさい」だ。
愛莉が私達の関係を疑っているわけじゃない。
単に一つのベッドに2人で寝たら風邪ひくでしょ?って理由。
シングルベッドでも十分二人寝れる体格なのに。
私達の部屋は二段ベッド。
下が私で上が翼。
だから都合がいい。
翼が寝静まった頃枕を持って空の部屋に忍び込む。
空の部屋のベッドは広い。
愛莉たちが使ってた部屋のベッドでセミダブルだ。
キスは抜け駆けされたんだからこのくらいいいだろ?
私は空のベッドに忍び込んで眠りについた。
(4)
なんか生温かい感触がする。
しかも柔らかい。
なんだろ?
気持ちいいからまあいいや。
抱き枕なんて用意したっけな?
ドアがバタンと開く。
天音がまた乱入してきたか。
「天音、抜け駆けは無しって自分で言ったじゃない!」
翼の声がする。
抜け駆け?何の話だろう?
天音?翼と一緒の部屋じゃないのか?
「空もいつまで天音に抱きついてるの!?」
天音に抱きついてる?
僕は重たい瞼を開ける。
そして一瞬で目が覚めた。
「ああ、おはよう空」
「あ、天音何やってんの!?」
「何って空と一緒に寝てただけじゃん」
「何で一緒に寝てるの!?」
「一緒に寝るのに理由がいるの?」
いるだろ!普通に考えて。
「また空がぐずってるの?いい加減にしなさい!」
まずい、母さんがやってくる。
「天音まずい!」
「いいじゃん!ここでラブラブっぷりを披露しとけば」
「天音だけずるい!」
そう言って翼まで抱きついてくる。
そして部屋に母さんが入ってきた。
「あらあら。仲が良いのね。でも風邪引くから自分のベッドで寝なさい」
それでいいのか、母さん!
「心配しなくても空は冬夜さんの若い頃にそっくり。無害だから問題ないわ」
てな、事を言われてるぞ父さん。
「3人とも着替えて支度して降りてきなさいな」
そう言って母さんは部屋を出る。
二人は部屋に戻って着替えてダイニングに行く。
仕度をすると朝食を食べて、水奈を待つ。
呼び鈴が鳴る。
「いらっしゃい、水奈」
「……おはようございます」
水奈は落ち込んでいるようだ。
どうしてだろう?
僕達は靴を履いて家を出る。そして天音の声が響き渡る。
「天音、昨日の件本気なの!?」
「ああ、その話なんだけどな。私と翼で同盟を結んだ?」
同盟?
「空は誰にも渡さない。だから私と翼で守ることにした」
そこに僕の意思があるのか?
「そっか……」
なんか今日の水奈は元気が無いな。
そうして僕達の二日目の登校が始まった。
今日も色々あるんだろうな。
こうして僕らの新しい生活が始まった。
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