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「おはようございます、かなめさん」 「おはようございます、浅葱さん」 朝、眠れもせず朝食を食べることもせずに家を出た。考えているのは浅葱さんのことばかりで。苦しい胸の内を誰にも言えないから抱え込むしかない。解決できることならいいけど、今は無理だ。しつこいくらいでも、そうやって自分に言い聞かせなければ、忘れてしまいそうになる。自惚れてしまいそうになる。優しくされるのも全部、私だから、なんて。そんなこと、いつかは無くなってしまうのに。 「かなめさん、体調が優れませんか?」 「いえ、大丈夫です。すみません」 「謝る必要はありません。無理はなさらないように注意してくださいね」 「はい」 目を合わせないようにして車に乗り込み、いつもの契約している駐車場へ向かう、そこからは歩いて大学の門まで行き、一緒に学内へ入る。今日から一緒に通うとあってか、スーツではない浅葱さんはラフな格好なのに決まっている。 「かなめさん、お手を」 「ありがとうございます」 差し出された手に視線を落としていつもと同じように手を重ねる。ただ違うのは、私の右手の薬指には指輪がはまっていることだ。もちろん浅葱さんとペアの。 「ふふ、かなめさんもペアリングしてくれているんですね。よかった」 「せっかく、いただいたものですから・・・」 普段通りに手を重ねているけれど、握って歩かれることは昨日の買い物からで。未だに慣れないことに心臓が爆発しそうになる。 「かなめさん・・・?」 「どうかなさいましたか・・・?」 「なぜ・・・、いえ、行きましょうか」 不思議そうな声音が聞こえたけれど、よくわからないフリをしてどうかしたのか、と聞けばいつも通りに戻った。そのことがどうしても心が苦しく感じたけど、それでも知られるわけにはいかない。浅葱さんを傷つけることなく、円満に別れるためにも。 「かなめさん、授業の終わるころにまたお迎えに上がります。それまではこの場所にいますから、何かあった際には連絡をください」 「はい、浅葱さん」 教室までしっかりと見送ってくれた浅葱さんと別れて、定位置へと座り音楽を聴くフリをする。イヤホンをはめたとき、一瞬だけ指輪がキラリと光ってそういえばつけていたんだと思い出す。それほどまでにあっという間に指輪は手に馴染んだけど、まだ感覚は慣れない。 「それでは授業を始めます。出席簿はこちらから回しますので丸を付けてくださいね」 いつも一番前に座るようにしているから、先生から出席簿を受け取って、丸をしてから後ろに座っている人へ回す。人の少ない机に座るとなると、どうしても一番前など、前に近い場所じゃなければ空いていない。自由席なんてそんなものだ。 「まずお知らせです。来週から期末レポートの受付を開始します。レポート課題は初回の・・・」 淡々と喋る先生の言葉を一言一句逃さないようにプリントにメモをしていき、マーカーで線をつける。一つひとつ、確認してからスケジュール帳にも書き込み、提出予定日を決めて頭で逆算もする。おそらく二日ほどあれば書けるだろうから、忘れないようにしっかりとインプット。 「提出期限は二週間後のテスト最終日二講時までとします。遅れないように、遅れた人は単位ないですよ」 グサグサと注意事項を話す先生は、後ろの少しうるさい集団に向けて言ったのか、後ろに目線が行っている。こんな時でもおしゃべりをやめない集団は、レポートがあることは最初からわかっていたのに不満を漏らす。
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