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「良かったじゃん。翻訳のバイト? だっけ。頑張ったかいがあったね」
「ああ、うん。ありがとう。サークルの方、迷惑かけてごめんね」
「全然」
メインキャストとして立たせてもらっていたくせに、練習の際、寝不足でセリフが飛んだことが何度かあった。
思い返しながら苦笑すると、
「問題なし。当日、完璧だったから」
明日花はふざけるように、ばちっと片目を閉じて見せた。
任意参加の最終公演も、確かに本番は上手く行ったと思う。でもそれは俺だけでなく、全員が100%以上の力を出せたからだ。
今までに比べると小さな舞台ではあったけれど、それでもやっぱり嬉しかったし、今までにないほどの達成感を味わえた。
この経験は絶対無駄にはならない。やっぱり俺の進むべき道は――俺の選択は間違っていない。
「明日花は実家に帰るんだってね」
「うん。私も最初からその約束だったからね」
「約束?」
会話の傍ら、「いただきます」と紙コップを僅かに掲げる。明日花が笑って応えたのを見てから、そっと中身を口に含み、ややして喉の奥へと送り込んだ。
「そう。実家を継ぐの。一応」
「実家って……」
「酒屋」
言うが早いか、明日花は俺の手元を指差した。示されたのは、たった今口元から下ろしたばかりの、赤い液体の揺れる紙コップ。
「酒屋」
「うん。だからあの研究室にしたんだ」
「……明日花の研究室って」
「一応、デジタルマーケティング? ってやつ」
確か静が興味を持っていたところだ。
「効果的な広告の打ち方、作り方とかなんかも学べたから、良かったよ」
笑み混じりに頷いて、明日花が自分の紙コップを口元に寄せる。
「このワインも、親からの差し入れ。そんな高くないやつなんだけど、意外と飲めるでしょ? ……って、セレブな見城くんの口には合わないかもしれないけど~」
と、次には揶揄うように言いながら、けれどもその表情はどこか誇らしそうだった。
そのくせ、彼女は口を付けた紙コップの中身を、そのままごくごくと飲み干してしまい――そのまるで一杯目のビールのような飲みっぷりには、俺も思わず肩を揺らして笑ってしまった。
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