*9.君を抱いてはいけない

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「良かったじゃん。翻訳のバイト? だっけ。頑張ったかいがあったね」 「ああ、うん。ありがとう。サークルの方、迷惑かけてごめんね」 「全然」  メインキャストとして立たせてもらっていたくせに、練習の際、寝不足でセリフが飛んだことが何度かあった。  思い返しながら苦笑すると、 「問題なし。当日、完璧だったから」  明日花はふざけるように、ばちっと片目を閉じて見せた。  任意参加の最終公演も、確かに本番は上手く行ったと思う。でもそれは俺だけでなく、全員が100%以上の力を出せたからだ。  今までに比べると小さな舞台ではあったけれど、それでもやっぱり嬉しかったし、今までにないほどの達成感を味わえた。  この経験は絶対無駄にはならない。やっぱり俺の進むべき道は――俺の選択は間違っていない。 「明日花は実家に帰るんだってね」 「うん。私も最初からその約束だったからね」 「約束?」  会話の傍ら、「いただきます」と紙コップを僅かに掲げる。明日花が笑って応えたのを見てから、そっと中身を口に含み、ややして喉の奥へと送り込んだ。 「そう。実家を継ぐの。一応」 「実家って……」 「酒屋」  言うが早いか、明日花は俺の手元を指差した。示されたのは、たった今口元から下ろしたばかりの、赤い液体の揺れる紙コップ。 「酒屋」 「うん。だからあの研究室にしたんだ」 「……明日花の研究室って」 「一応、デジタルマーケティング? ってやつ」  確か静が興味を持っていたところだ。 「効果的な広告の打ち方、作り方とかなんかも学べたから、良かったよ」  笑み混じりに頷いて、明日花が自分の紙コップを口元に寄せる。 「このワインも、親からの差し入れ。そんな高くないやつなんだけど、意外と飲めるでしょ? ……って、セレブな見城くんの口には合わないかもしれないけど~」  と、次には揶揄うように言いながら、けれどもその表情はどこか誇らしそうだった。  そのくせ、彼女は口を付けた紙コップの中身を、そのままごくごくと飲み干してしまい――そのまるで一杯目のビールのような飲みっぷりには、俺も思わず肩を揺らして笑ってしまった。
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