*9.君を抱いてはいけない

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「――あぁ、見城さんも煙草ですか?」  パタン、ガチャリ、と、閉まったばかりの扉がすぐに開いたので、さすがに驚いたのだろう。俺が部屋に踏み入ると、彼の持つ空気が一瞬張り詰めたのが分かった。  けれども、相手が俺だと知ると、それもすぐに弛緩する。まるでほっとしたみたいに吐息を漏らし、静は微かに笑みを滲ませた。酒のせいだろうか。その双眸はいつになくとろんと柔らかい。 「……一本いります?」  ドアが勝手に閉まらないよう、軽く身体を凭れかけるようにして立っていた俺に、窓から差し込む月明かりの中、静が僅かに首を傾げる。  俺はそれに何も答えずに――答えないまま、ただ彼が差し出してきた白い筒へと目を向けた。  その煙草は、相変わらず俺が吸っているものと同じ銘柄だった。  ……今更ながら考える。  静は最初から煙草に興味があったと言っていたけれど、本当にそうだったのだろうかと。  本当は俺が吸っていたから、それに倣って吸い始めたのではないのだろうか。だから俺と同じ銘柄を、今でも選んでいるのでは――。  それが単なる真似だとしても、あるいはたまたま傍にいた年長者への憧れによるものからだとしても、 (少なくとも、俺が……)  俺がその隣にいなければ、違う結果になっていたのではないだろうか。  だってほら。煙草だけじゃない。  彼に酒を教えたのも俺だし、ワインの味を覚えさせたのも俺だ。 (そう……どれも俺が与えた影響だ)  連鎖的に湧き上がる――改めて抱いたそんな思いが、じわじわと気分を高揚させる。  偶然だと言われればそれまでのことなのに、その時の俺にはもうそんなふうには考えられなくなっていた。 (だったら……もう一つくらい……)  頭の芯が、甘く痺れるような心地がする。鼓動がどんどん早くなる。  酒のせいだろうか。明日花のワインのせいかもしれない。口当たりが軽く、自分でもついつい飲みすぎてしまった気がしないでもない。  赤ワインには、催淫効果があると聞いたこともあるし……きっとそのせいだ。  視界の端には、真っ白なラウンドテーブル。そこに今日は何も乗っていない。いつもあるはずのスチール製の灰皿も、誰かが出しっぱなしにしている備品も、台本も――まるでに誰かがそうしてくれていたみたいに。 「見城さん……?」  名を呼ばれ、俺はふっと微笑んだ。  扉から肩を浮かせて、静の方へと向き直る。と同時に、後ろ手に扉を閉めた。 (あるいは、これは夢――)
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