*9.君を抱いてはいけない

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 俺は踏み出し、彼へと手を伸ばす。 「静……酔ってるよね? 君も」  免罪符のように言いながら――次の瞬間、俺が掴んだのは煙草ではなく、静の手首だった。   「……っ」  静が僅かに瞠目する。驚いたように見上げてくる眼差しを受け止め、俺はにこりと笑みを深める。それから視線を下方へとずらす。そこで薄く開かれたままの、彼の唇へと――。 「!」  その刹那、静ははっとしたように身を固くした。 (――――しまった)  静の顔から表情が消えた。その顕著な反応に、俺も一瞬我に返った。  俺は何をしているんだろう。  何で彼に触れているんだろう。  どんな眼差しで彼を見ているんだろう。  ……あんなにも、しっかり蓋をすると誓ったのに。  だけどそれも、後の祭りだ。    酔っているせいだと笑っても、きっと全てを冗談にはできない。  今更この手を離しても、なかったことにはできないだろう。  静はもともと周囲の空気に敏感で、察しもいい。そんな彼を相手に、俺もよく今まで隠し通せていたものだと思う。  ……だけどそれもこれまでだ。目の前で立ち尽くす彼の顔を見れば分かる。  少なくとも俺が彼に向けた劣情はもうばれている。 「……静――」  俺は掴んだ手をそのままに、彼の名を呼んだ。できるだけ優しく口にしたつもりだった。  けれども、彼がそれに絆されてくれるようなことはなく、それどころか、 「――離してくれませんか」  予想以上に冷たい声で返され、胸の奥が痛いくらいに締め付けられた。 「俺、こういう冗談は好きじゃないです」   静はまっすぐに俺を見据えて、牽制するように言葉を重ねた。  ――冗談だなんて、思ってないくせに。  思えば、自嘲めいた笑みが滲む。と同時にやり場のない苛立ちのようなものを覚えて、知らず彼の手首を握る手に力が入った。 「……っ」  そこから走ったのだろう痛みに、静がぴくりと目を眇める。  その表情に、どこか既視感を覚えた俺は、 (そう、その顔がもっと見たい)  それが夢の中でのものだと気づかないまま、何よりその先が欲しくなる。  どうせ元に戻れないなら、ここでやめるも踏み出すも同じだ。  ……耳元でそう囁いたのは、誰だったのか。
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