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「待っ……」
弾かれたように、静の視線が俺に戻る。微かに震える指で俺の手を掴み、左右に首を振る。
彼の胸中は察するに余りある。
一言も好きだと言わず、一切胸の内を明かすことなく、ただ一方的に君を抱こうとしている俺のことなんて、
「やめ……っや……」
きっともう永遠に信じられないだろうし、嫌になって当然だ。
今の今まで、普通の――純粋に仲のいい――友人としてやってきたのだ。それだけに受けたショックも大きいだろう。
「だって俺、本当にアンタとは……アンタとだけは……っ」
責めるみたいな、遣る瀬無いみたいな声で懇願される。それでも俺は手を止めない。
ごめんね。それくらい裏切られたって思ってるんだよね。裏を返せば、それだけ俺のことを大切に思ってくれてたってことだよね。
ありがとう。それはそれで嬉しいよ。
――でもね、静。
そんなふうに、〝俺だけ〟なんて言われたら、俺はますます後に引けなくなるんだ。
「大丈夫。俺は何も変わらないよ」
つま先がぎりぎり床に触れる程度だった彼の下肢を割り、捕らえ返した彼の利き手を頭の脇に縫い留める。
制しようと足掻くもう一方の手に肩を掴まれ、そこから痛みが走ったけれど、構うことなく俺は悠然とその面持ちを見下ろした。
「離し……」
こんな目に遭っているのに、静は未だに大きな声は上げない。どころか、あえて潜めていると言ってもいいくらいの声だった。抵抗の色は見せても、力の限りに暴れるようなこともしない。
理由は分かっている。階上に位置しているとは言え、部室の壁や扉は、お世辞にも厚いとは言えない。同じ階にいなくとも、少しでも騒げば簡単に外に漏れてしまうからだ。
しかも今、それを聞きつけるとしたら相手は互いの顔見知りばかりで――さすがにそれは避けるべきだと思ったのだろう。
(賢明な判断だね)
いっそ腹が立つほど理性的だ。
それが俺を、ますます付け上がらせるとも知らないで――。
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