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望むもの全てを手に入れるなんて無理に決まっている。少なくともそんな器用な真似、俺にはできない。それが自分の性分だと、分かっているから俺は今日も線を引く。
急がなくても、いつかその時がくる。そう自分に言い聞かせ、幾重にも予防線を張るのだ。
――何より、自分が後悔しないために。
(だから、恋愛はしない――少なくとも、現在はね)
「じゃ、じゃあ、思い出に……キス、だけでも」
ややして、彼女は絞り出すように言った。
同じ学科の、同級生。小柄で明るく、誰とでも仲良くなれる可愛らしい女の子。なのに俺と同じでずっと恋人がいなかった。聞けば入学式の日から俺だけを見てくれていたらしい。
そんな彼女の口から、〝思い出にキスだけでも〟なんて言わせてしまったのが何だか申し訳なかった。
「ごめんね。それももうしないって決めたんだ」
それでも俺は断った。
再度「ごめんね」と重ねて微笑むと、ようやく彼女も顔を上げ、「そっか」と笑顔を浮かべてくれた。
* * *
「……キスもハグもしなかったんですね」
俺が呼び出された場所――学食やカフェの入っている建物の陰――から彼女が去っていくと、ややして頭上からカランというドアベルの音が聞こえてきた。仰ぎ見るようにして視線を向ければ、見知った一人の青年が外階段を下りてくるところだった。
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