199人が本棚に入れています
本棚に追加
/234ページ
「見てたの?」
「出るに出られなくてどうしようかと思ってました」
彼は気怠げに髪を掻き上げながら、他人事のように言う。
確かに階上のカフェには、俺や彼女がいた辺りが見える席がある。唯一の出入り口である外階段を使えば、下にいる俺たちにもその気配は伝わっただろう。
俺は僅かに肩を竦め、やがて隣を通り過ぎようとする彼に続いて歩き出した。
「今日は言われなかったんですか? 思い出にって」
「いや……」
「言われたのにしなかったんですか。珍しい……」
彼は俺を見ることなく、歩調を緩めるでもなく淡々と続ける。
「珍しいって……ここのところずっとしてないよ」
「ここのところ」
「だいたい、君が言ったんじゃないか。ここは日本ですよって」
思わず責任転嫁するように言うと、当然のように「俺は事実を言っただけです」と一蹴された。
「それはまぁ……そうだけど」
そう言われると返す言葉もない。
俺は苦笑しながら、見るともなしに彼の横顔を眺めた。
静のフルネームは暮科静――二学年下の後輩だ。
俺が一年遅れで入学したから、学年は二つ違いだけれど、実年齢では三歳差。偶然にも英理と同い年だった。
(……綺麗な色だな)
秋晴れの下、吹き抜ける柔らかな風が、襟足長めの彼の髪を小さく揺らしている。マット系の茶髪は出会った時からずっと同じで、これからも変える気はないらしい。
すらりと長い手足に、180後半の俺に近い高身長。着痩せするのか、平均より細く見える体付きは、そのわりにしなやかで無駄がない。
……ちなみにそんなことまで知っているのは、俺の入っている演劇サークルで彼が裏方をしているからで、特に深い意味はない。
最初のコメントを投稿しよう!