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* *
「ねぇ、静」
「……何ですか」
いつの間にかソファからラグの上に下りていた静は、ローテーブルの上で気怠げに頬杖を突いたまま、緩慢に瞬いた。
他方の手に持つグラスを小さく揺らしながら、どことない中空を見つめていた双眸がゆるりと俺を一瞥する。その目端はじわりと赤く染まり、眼差しはとろんとしてひどく眠たそうにも見えた。
「……何だよ?」
静は再び前方に目線を戻し、少しばかり焦れたように言った。
傍らに腰を下ろした俺は、そんな彼の横顔を眺めながら、僅かに頷く。
「年末にね」
「年末?」
「うん。年末……の、俺が行った日のことなんだけど」
「……随分前の話だな」
「あぁ、まぁ、そうなんだけど。……でも、実はずっと気になってて。あの時、俺のすぐ後に来た二人……あれは、誰だったのかなって」
「……誰って……。…………誰だよ」
知らないとばかりに言いながらも、静の目がぴくりと細められたのは、何か思い当たる節があったからだろう。
俺は小さく息をつき、自分のグラスから一口ワインを嚥下してから、話を続けた。
「君が常連だって言ってた二人組だよ」
「……覚えてない」
「本当に?」
「常連なんていっぱいいるから」
静は誤魔化すようにグラスを呷った。
そのまま白を切り通すつもりなのかもしれない。
「今日も来てた二人だよ。君が出てくる直前に帰って行った……もしかして、あれから本当に常連になったの?」
だけど今夜は俺も退かなかった。
「ねぇ、静。――祐ちゃんって誰?」
静かにそう重ねると、その瞬間、静の動きがぴたりと止まった。
「……何でアンタがその名前…………」
ややして、彼は呟いた。
「たまたま聞こえたんだよ。隣の席だったから」
俺は苦笑気味に答えた。
その言葉に、静は「だからあの並び……」と忌々しげにこぼしていたけれど、結局は観念したみたいに息をついた。
「〝彼〟はさ……もっと前からの知り合いだよね?」
あの時の――あの男の顔を思い浮かべながら、俺は改めて静の顔を注視する。
……そう、俺が本当に知りたかったのは、祐ちゃんの方だ。
女の子の方は大体想像がついていたけど、彼の方はまるで分からなかったから。
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