11.変わったのは

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「…………は?」  グラスを掲げていた静の手が止まる。  遅れて、その視線が俺を捕らえた。  感情の消えた面持ちに、冷めたような眼差しが俺に向いていた。  唖然と閉口していたその唇が、ややして笑うように歪められた。 「ばかじゃねぇの」  それは肯定でも否定でもなかったけれど、少なくとも俺はほっとした。  はっきり言葉で言われなくても、〝未練は無い〟ってことだと思えたから。  彼の顔に、確かにそう書いてあるように見えたから。  ……そう。そうか。  祐ちゃん(向こう)がどういうつもりかは分からないけれど、どのみち静はもう大丈夫なんだ。  静の中では、ちゃんと終わっているらしい。  そのどこか晴れ晴れとした表情に、俺もようやく自然に微笑(わら)えた。 「じゃあ、もう一つだけ」  それならと、俺は思い出したように一つ息をつき、おもむろにワイングラスから手を離す。  その空いた片手で彼――ではなく、テーブルの上の煙草を引き寄せ、抜き出した一本で軽く天板を叩いた。  それを口に添えると同時、静が「何だよ」と面倒くさそうに欠伸をする。  俺は切っ先にジッポで火を点し、グラスを呷る静を横目に見ながらあえて何でもないふうに訊ねた。 「あの時さ、何言われてたの?」 「……あの時って?」 「同じ日だよ。帰り。会計の時。彼――〝祐ちゃん〟さ、君に何か言ってただろ」 「あぁ……あれ」  空になったグラスが再び差し出され、俺がまたそこにワインを注ぐ。  けれども、今度はそれがすぐに飲まれることはなく、静はしばらくその赤い液体を見つめたまま、言葉を探すように黙り込んだ。
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