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「…………は?」
グラスを掲げていた静の手が止まる。
遅れて、その視線が俺を捕らえた。
感情の消えた面持ちに、冷めたような眼差しが俺に向いていた。
唖然と閉口していたその唇が、ややして笑うように歪められた。
「ばかじゃねぇの」
それは肯定でも否定でもなかったけれど、少なくとも俺はほっとした。
はっきり言葉で言われなくても、〝未練は無い〟ってことだと思えたから。
彼の顔に、確かにそう書いてあるように見えたから。
……そう。そうか。
祐ちゃんがどういうつもりかは分からないけれど、どのみち静はもう大丈夫なんだ。
静の中では、ちゃんと終わっているらしい。
そのどこか晴れ晴れとした表情に、俺もようやく自然に微笑えた。
「じゃあ、もう一つだけ」
それならと、俺は思い出したように一つ息をつき、おもむろにワイングラスから手を離す。
その空いた片手で彼――ではなく、テーブルの上の煙草を引き寄せ、抜き出した一本で軽く天板を叩いた。
それを口に添えると同時、静が「何だよ」と面倒くさそうに欠伸をする。
俺は切っ先にジッポで火を点し、グラスを呷る静を横目に見ながらあえて何でもないふうに訊ねた。
「あの時さ、何言われてたの?」
「……あの時って?」
「同じ日だよ。帰り。会計の時。彼――〝祐ちゃん〟さ、君に何か言ってただろ」
「あぁ……あれ」
空になったグラスが再び差し出され、俺がまたそこにワインを注ぐ。
けれども、今度はそれがすぐに飲まれることはなく、静はしばらくその赤い液体を見つめたまま、言葉を探すように黙り込んだ。
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