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「……アンタに言う必要ある?」
「いいから聞かせてよ」
数拍後、返された反応は一見撥ね付けるかのようだった。けれども、俺は退かずに先を促した。
いつもならこのままはぐらかされて終わったかもしれない。だけど今夜の彼は酔っている。
「吐き出した方が楽になれることもあるよ」
囁くように重ねると、静の瞳が惑うように揺れた。
〝ワインは酔う気がする〟と言った静の言葉は本当だったらしい。実際、他の酒を飲んでいる時に彼がこれほどの隙を見せることはなかった。
そのまま様子を窺っていると、静は手持ち無沙汰そうにグラスを揺らしながら、ぽつりと言った。
「彼は……誰にもカムアウトしたことないから、って……」
(カムアウト……)
なるほど……牽制されたのか。
それは要するに、黙ってろってことだ。誰にも――中でもあの彼女には絶対に知られたくないってことかもしれない。
静は手を止め、自嘲気味に笑った。
「そう、言われただけだよ」
(…………〝だけ〟)
俺が無言で紫煙を吐き出すと、静は誤魔化すように言葉を継いだ。
「まぁでも、そんなの……俺も似たようなもんだから、ふーんって感じだったし……」
……嘘だよね。
本当は全然「ふーん」じゃ済ませられなかったから、何か思うところがあったから、あの表情――彼らを見送るのに顔を上げることもなく、何とか頭を下げただけ――だったんだよね。
静はそこで一旦口を噤むと、思い出したようにグラスを口元に寄せ、まるで一杯目のビールみたいにごくごくと中身を飲み干した。彼にしては少々無茶な飲み方だと思ったけど、それで少しでも楽になれるならと思えば止められなかった。
「俺……今まで、好きになった人はいても、付き合うとこまでいったのは祐也さんだけで……」
(祐也さん……)
できれば君の口からその呼び名は聞きたくないけれど。
思いながらも、俺は黙って続きを待った。静は天板に戻したグラスに手を添えたまま、僅かに目を細めた。
「だから、余計に分かってなかったのかもしれないけど……。……でも、それでも、俺としては結構上手くいってると思ってたんだ」
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