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(思ってた……ってことは……)
一気飲みしたワインのせいもあるのだろう。静の頬や首筋は一段と赤く染まり、どことない中空を見つめる眼差しもとろんとしてひどく無防備に見えた。
口へと戻した煙草の先から、ゆるりと紫煙が立ち上る。その香りは静にも届いているに違いない。
ややして、静はそっと目を閉じた。そして、
「まぁ、もう終わったことだし。いいんだけど。……あれはあれで――」
幸せだったし、って。
まるで自分に言い聞かせるように、唇の動きだけでそう呟いた。
その相貌には、嬉しいような、切ないような淡い笑みが滲んでいた。
(……何で)
何でそんなふうに笑えるの。
何か言わなければと思うのに、さっきから上手く声にならない。
そのくせ目だけは離せなくて、もどかしいように煙草のフィルターを噛み締めた。
静はふう、と一つ息をつくと、不意に上げた視線を俺に向けた。
「落ちますよ。それ」
俺の口元を無遠慮に指差すなり、揶揄うような笑みが向けられる。気がつけば、咥えていた煙草の灰が今にも落ちそうになっていた。
それでも俺はすぐには動けなかった。するとそこに静の手が伸びてくる。そのまま静の指に抜き取られた煙草が、傍らに置いてあった灰皿の上で弾かれる。透き通ったガラスの底に、音もなく灰の塊が落ちた。
「なんでアンタがそんな顔してんの……?」
伏し目がちに手の中の煙草を見つめながら、静が揶揄めかして笑う。
笑いながら、持っていた煙草を静かに引き寄せ――当たり前みたいに一口吸った。
その瞬間、俺の目からこぼれたのは、
「だから……なんで泣くんだよ。アンタが」
指摘されて初めて気づく。想定外なそれに、自分でも驚いた。
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