12.最初で最後の

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 *  *  *  12月初旬の週末――土曜の昼下がり。俺は遅めの昼食をとるため、レストランアリア(静のバイト先)を訪れていた。  通された先は、偶然にも過日に祐也たちの(例の)話を聞いた時と同じテーブル。  ちなみについたて越しの席には先客がいて、静と同じくらいに見える大学生ふうの男が二人、向かい合わせで座っていた。  俺が席に着いた時から、途切れることなく惚気のような話しかしない一方の男に、あくまでも淡々と頷くだけのもう一方の男。聞き手役の彼は、相手がどんなに熱心に語ろうと、何度「可愛いと思わない?」と問われようと、似たような口調で「はいはい」としか言わない。  席に着いてしまうとその姿形は全く見えないけれど、そんな彼らの表情はどちらも何となく想像がついた。  聞けば聞くほどちぐはぐにも映るやりとりが続く。だけど結局どちらも好きにさせているところをみると、それはそれでいい関係なのかもしれない。  ……とは言え、 (そんなふうに何でも素直に口にできたらいいよね。……ある意味羨ましい)  正直俺としてはそうとしか感じられず、人知れず苦笑するしかなかった。  *  *  食事を済ませ、その後のコーヒーが運ばれてきた頃には、隣席(彼ら)の気配はなくなっていた。  ランチタイムが終わった頃には随分人気(ひとけ)も減って、控えめなクラシックの流れる店内で、俺は持参した翻訳(仕事)の資料を眺めながら細く紫煙を燻らせていた。 (――あ)  15時を回ると、店内(ホール)に静が姿を現した。今日は遅番だったらしい。道理で見かけなかったはずだ。  俺は口端に煙草を添えたまま、彼の姿を目で追った。 (やぁ)  間もなく、別のテーブルのアテンドをしていた静と目が合った。  声には出さずに軽く片手を上げると、すぐに視線は外されてしまったものの、一応会釈は返してくれた。  たったそれだけのことが妙に嬉しい。別にこれが初めてというわけでもないのに、勝手に頬が緩んでしまう。 「――今日はいつまでいるんですか?」  しばらくすると、頭上から声が降ってきた。  思いのほか集中していた紙面から顔を上げると、静が天板から取り上げたグラスを片手に、水の補充をしてくれているところだった。  一杯目のホットコーヒーは既に空になっていたからちょうど良かった。……けど、やっぱりちょっと入れすぎではないだろうか。  ……えっと……もしかして、わざと?
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