12.最初で最後の

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「今日はって……俺いつもそんなに長居してるかな」  俺は僅かに肩を竦めながら、灰皿に置いていた煙草の火を消した。そのすぐ横に下ろされたグラスに目を戻すと、危うくこぼれそうなほどに水を湛えたそれを手に取り、慎重に数口嚥下する。  幸い、今日はそれをこぼすようなことにはならなかったけれど、天板に戻してもなお中身は十分すぎるほどに残っていた。  ――あ。まさか、そんなに長居したいならっていう皮肉……?!  確かに俺は、以前に比べれば頻繁にアリアを利用している。  理由は単に、それで静の顔が見られれば嬉しいと思っているから――と同時に、やはり〝あの男〟のことが捨て置けなかったからだ。  俺にできることはないと承知していても、それでも多少の〝牽制〟(悪足掻き)くらいできないかな、なんて……。  思っていたものの、あれ以来俺が彼を見かけたことも、静からその話題が出たこともないんだけど。 「君が遅番なら……途中で一旦仕事の書類(必要な物)をとりに帰って、また戻ってこようかな。そのまま夕飯まで済ませられたら楽だし……」  グラスの中、上から1センチほどだけ下がった水面を見つめながら、俺は独り言のように言って小さく笑う。  だって、仮にこれが本当に皮肉だったとして、俺にはむしろ嬉しいくらいなんだから。君が本気で嫌がってるわけじゃないのは見ていれば分かるしね。  俺が顔を上げると、静は呆れたみたいに溜息をついた。 「……俺の遅番(シフト)を長居する言い訳に使うんじゃねぇよ」  憮然とした様子でこぼしながらも、更に水を注がれたのは、ある種の照れ隠しととってもいいのだろうか。 (……可愛い)  例え彼が俺を特別に思っていなくても――例えそれがただ少しだけ親しい友人に対するものだったとしても。  やっぱりそういう反応をされると悪い気はしない。 「……席って、このままキープしておいてもらえるかな? すぐ戻るから」 「先にここまでの会計は済ませて下さいね」 「もちろんだよ」  それから俺は、ある程度切りがいいところまで仕事を進めると、宣言通りに一度店を出た。
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