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「遊び相手……」
「え、だってそうなんですよね? 本気の恋愛はしない主義なんでしょ? 校内では有名だって聞きましたよ」
「…………だから?」
呟くように返しながら、俺は壁を背にして立つ彼との距離をおもむろに削った。
口調のわりに、彼は逃げるみたいに顔を背けていたから、すぐには気付かなかったらしい。
「周りにはバレてないのかもしれませんけど、僕知ってますし、静くんの――」
なおもそんな言葉を重ねながら――けれども、その視界の端に俺の靴の先が入ったとたん、彼ははっとしたように動きを止めた。
俺は構わず彼の方へと片手を伸ばした。途中、彼の頬を指先が掠めたのはわざとだ。そのまま淡々と間近の壁に手をついた俺は、びくりと身を固くした彼との間合いを更に詰め、囁くように言った。
「それが何か君に関係あるのかな」
「……ぇ……」
彼が躊躇いながらも俺を見る。俺は僅かに首を傾け、まるで口づけるみたいに顔を寄せた。
「それで俺が君に何か迷惑をかけたのかな……?」
髪を掻き上げていた他方の手を離すと、流れ落ちてきた長い髪が俺の表情を覆い隠した。それでも隙間から俺の眼差しは見えているはずだ。だって待っていたように絡め取った視線は解かれてはいないから。
彼の足が、たじろぐように後ろに下がる。けれどもそこに逃げ場なんてそうはない。すぐにその背が、後頭部が壁に当たり、彼が思わず息を呑んだのが分かった。
「……っ」
逃れたいように身動いだ顎先を捕らえて、その双眸をじっと見据える。動揺もあらわに揺れる眼差しが、堪えかねたように横に逸れた。
俺は笑うように目を細めて言った。
「――そもそも、君は誰?」
その瞬間、彼の頬がかっと赤くなった。
裏腹にますます血の気の失せたような唇を戦慄かせながら、一拍後、ようやく金縛りが解けたかのように、彼は俺の身体を押し返そうとした。
その手を俺はさらりと躱す。彼の指が俺に触れるより先に、分かっていたみたいに身を退いて、何事もなかったかのように再び髪を掻き上げた。
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