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俺は当てつけるように溜息をつき、「もういいかな」とばかりに視線を外した。その視界の端で、彼が中空に取り残された手をぐっと握りしめる。
踵を返しかけた俺に、念を押すように彼は言った。
「……あなたの、汚点にはならないんですか」
「汚点になんかなるわけないだろ」
「静くんが、同性でも……?」
「ならないよ」
「あ……っあなたは、すでに約束された将来がある人だって……」
「誰が言ったの、そんないい加減なこと」
俺は顔を上げることもなく溜息を重ねた。
「約束された未来なんてどこにもないよ」
ただそう在りたいために、自分が決めた現在があるだけだ。
半ば自分に言い聞かせるように呟き、俺は小さく苦笑した。
「……君も〝いま〟を大切にした方がいい」
伝わるかは分からないけれど、暗に彼女のことを匂わせながら、俺はちらりと彼を一瞥する。
ふう、と吐息を漏らして笑顔を見せると、彼は僅かに背筋を伸ばした。
俺は静かに歩き出し、後は振り返ることもなく愛車の元へとまっすぐ向かった。
* *
「は――……」
車に乗り込み、深く長い息を吐く。そのままハンドルに顔を伏せてしまいそうになるのを、どうにか堪えてエンジンを掛けた。
少し長居をするかもしれないからと、いつもより奥の方に止めておいて良かった。今更ながらあんな現場、静に見られたらと思うとぞっとする。
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