12.最初で最後の

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 *  *  *  店に戻った俺は、急くように店員に声をかけ、元の席に戻った。  予定外にも1時間近く経っていたから、もしかしたら片付けられてしまっただろうかと思っていたけど、客席にはまだ余裕があったからか、テーブルの上はそのままにしてくれていた。 (申し訳なかったな)  俺は軽く畳んだコートを端に寄せ、はぁ、と一つ息をついた。 (あぁ、煙草……)  ややして、灰皿の傍に置きっぱなしだった煙草を見遣ると、癖のようにそれを手に取った。次いで「ジッポ()は……」とポケットを探ろうとしたところで、一人の男の子が寄ってくる。静ではない、別の店員だった。 「ホットコーヒーを」  笑みを浮かべて、端的に告げる。すると彼は定型句と会釈を残し、すぐさま店の奥へと戻って行った。  俺は小さく吐息を重ね、改めて天板へと目を戻した。  一部の資料はそのまま端の方に重ねられていた。灰皿の吸い殻も、人がいる気配を知らせるようにそのままで、一方、水のグラスは消えていた。  その視界が、不意に陰る。 「お早いお帰りで」  コト、と目の前に置かれたのは、先刻と同じように、なみなみと水の注がれたグラスだった。顔を上げようとすると、更にそこにホットコーヒーのカップが追加される。  ふわりと立ち上る微かな湯気と、鼻腔を擽る芳醇香り。  手の中から、ぽとりと煙草の箱が抜け落ちた。 「早……」 「早くねぇ。遅ぇよ。あと1分遅かったら片付けてたから」 「いや、そうじゃなくて……」  俺は瞬き、呟いた。  だって俺が注文したのはたった今だ。仮に手が空いていたとしても早すぎないか。  まるで俺が店に到着した時には用意を始めて、後は俺が座るのを待つばかりだったとでも言わんばかりのタイミングに、俺は思わず口元を押さえた。  疑うわけではないが、確かめるようにカップの中身を見下ろしてしまう。けれども、それは間違いなく俺が注文したのと同じブレンドコーヒーだった。 (……戻って来たの、見えてたのかな)  それで静がこのオーダーを通しておいてくれたのか……?  俺がいつもしている通りに?  窺うように静の顔を見上げてしまう。けれども、当然のように答えは分からない。そんな俺を他所に、静は淡々と続けた。
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