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「次からはちゃんと〝すぐに〟戻ってくださいね」
「あ、ああ……ごめんね」
半ば消化不良ながらも、重ねられる皮肉にはそう答えるしかなく、俺は苦笑めいた笑みを浮かべながら小さく頭を下げた。
「――あと、これも。自分でちゃんとしてください。貴重品は」
「貴重品?」
静は頷く代わりのように、おもむろにベストのポケットに長い指を入れ、取り出したそれをテーブルに置いた。
その後は何ごともなかったかのように灰皿を新しいものと取り替え始める。その手の動きを視界の端に捉えながら、俺はゆっくりと〝それ〟に手を伸ばした。
「俺のジッポ……」
「盗難騒ぎとか……こっちも困りますから」
俺を見ることもなく、静は持っていた円形のトレイに下げた灰皿を乗せ、溜息混じりに言った。
……なるほど、それで静が預かってくれていたのか。
確かに、俺が使っているジッポはそう安いものではない……。そのせいで静も誕生日プレゼントとしてすらなかなか受け取ってくれなかったくらいだ。静の言わんとしていることは分かる。
……っていうか、俺はそんなに浮かれていたのかな。
正直、俺だってジッポは財布や携帯と一緒に、自分でちゃんと管理しているつもりだった。それをまさか、そのままここに放置したままでいたなんて。
「そっか……」
俺は返してもらったジッポを取り上げると、カチンと蓋を開け、そして閉じた。
「……君、仕事できるね」
「よく言われます」
「いや、本音だよ」
俺は静へと向き直り、「ありがとう」と破顔する。すると静は驚いたみたいに僅かに目を瞠り、「別に、仕事ですから」とこぼして視線を伏せた。
「……また追加などありましたらお申し付けください」
後はいつも通りに会釈して、くるりと踵を返す。
その礼の角度が、やけに深く見えたのは気のせいだろうか。俺に背を向けるスピードが、やたらと速く感じたのは俺の思い違いかな。
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