12.最初で最後の

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「……あれ」  数分後、温かなカップを両手に、俺は店の自動ドアを抜けた。すぐさま愛車の方へと視線を転じ、少しだけ足早に歩き出すと、遠目ながらも真っ暗な車内にほのかな明かりがちらついているのが見えた。 (電話中か)  心の中で呟くと、無意識に邪魔しないようにと歩調を緩める。  そっと後方から近づいて、静からは死角となる場所で一旦足を止める。向こうの視界には入らないけれど、俺からはその横顔が少しだけ見える位置。ここなら電話が終われば分かるから、そうなってから戻ったことにすればいい。 (誰だろ……ご家族かな?)  のんきに思いながら、手の中のカップに視線を落とす。飲み口の隙間から立ち上る、細く頼りない湯気が冷たい風にさらわれていく。吐息も同様に流される。  ややして静は携帯を下ろした。画面の明かりもすぐに消える。ポケットにそれを戻し、ふう、と一息ついたのが仕草で分かった。  その数拍後、俺はコンコンと外から窓を叩いた。  はっとしたように窓を開けた静の口から、「やっぱり苦戦したんですね」なんて揶揄うような言葉は出なかった。  俺はひとまずにこりと微笑んで、大人しく一方のカップを静へと差し出した。  *  *  誰からだったの?  ほんの少しの違和感から、浮かんだ言葉が頭から消えない。  だけど簡単には言えなくて、その都度飲み込み、蓋をして、俺はいつもどおりの笑みを貼り付け、車を走らせる。  助手席の静はというと、俺が渡したコーヒーをちびちびと傾けながら、心地良さそうに目を細めていた。  特に珍しくもない風景だ。  だけどその一方で、一度覚えた違和感は強くなるばかりだった。  静はもともと多弁な方ではないけれど、かと言って特に無口なタイプでもない。なのにコンビニを出てからこっち、自分からは一切しゃべらなくなってしまった。俺が話しかけても微妙に上の空で、会話が途切れれば思い詰めるみたいに固く口を閉ざしてしまう。  さっきの……コーヒーを二つ買うだけで、あんなに時間がかかった俺にも何も言わなかったし……。 (――あ)  赤信号で車が止まる。  その刹那、 (まさか……電話の相手って)  頭を過ぎったのは〝彼〟だった。  俺は思わず閉口した。  そう距離もないしと、何の音楽もかけていなかった車内がシンと静まりかえっていた。  そこに響いた静の溜息。肯定された気がした。
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