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(でも……静の番号……自分で教えるとは思えないし)
俺は認めたくないように緩く首を振る。
だけど俺は、今日その〝彼〟に会っている。会っているどころか、ある意味けんかまで売られてしまい、しかもそのけんかを俺は買った。……も同然だと思っている。
……となければ、その可能性も低くはない気もした。
青信号に変わり、俺は静かにアクセルを踏む。
静のアパートまではもう5分とかからない。
「着いたよ」
いつもの路肩に車を止めると、俺は静の方を見ることなく声をかけた。
窓ガラスに映る静は口元に寄せていたコーヒーをひとくち嚥下して、「どうも」と小さく頭を下げた。
「……じゃあ…………」
まもなく静の手がドアにかかる。けれどもそれは開かない。
当然だ。だってドアは施錠されたままだから。
いつかのように、俺が開け忘れたわけじゃない。今夜のそれはわざとだった。
「え……いや、鍵……」
静が促すように俺を見る。
それでも俺は応じない。――応じないどころか、
「ねぇ、静」
俺はハンドルに手を添え、前方を見据えたまま淡々と話を変えた。
「さっきの電話、誰?」
あれほど言えないと思っていた言葉が、するりと声になった。
「……は?」
「だから、さっきコンビニで話してた相手だよ」
そのことに俺が気付いているとは思っていなかったのだろう。静はひどく驚いた様子で、微かに唇を震わせた。
「……別にアンタに関係ないだろ」
静は顔を背け、吐き捨てるように呟いた。
そのかたわら、解錠を急かすようにドアに何度も触れる。「早く開けろよ」と、繰り返される心の声が聞こえるようだった。
「――祐也じゃないの」
構わず俺は静かに告げた。
静の肩がぴくりと揺れる。その反応に、今度こそはっきり確信した。
「ねぇ、静」
動揺の色を見せる静とは裏腹に、自分でも意外なほど冷えた声が出た。
「ちょっとドライブしようか」
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