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「……ねぇ、静」
静が学校指定の駐車場まで、部長に頼まれた荷物を取りに行っていたのは知っていた。
先日配ったらしい台本の一部が車内に残っていたらしく、それを受け取りに行ってくれていたのだ。
その話が出たとき、「じゃあ俺が」と真っ先に手を挙げたのが静だった。下級生もいるのに、と横から言われても、「まぁ、最後の年ですし」と当たり前みたいに引き受けていたのが彼らしいと思った。
ちなみに、その中にはなかなかサークルに顔を出せていなかった俺の分も含まれていて、それを読み合わせの伝言と共に託かってきてくれたらしい。
「静?」
「……なんですか」
本棚の並びを整えていた静の手が止まる。
手は止めても振り返らないその背中に、俺は端的に問いかけた。
「今日って、バイトは?」
時刻はすでに19時を回ろうとしているところだった。
俺の記憶が確かなら、平日は19時からバイトに入ることも珍しくはなかったはずだ。
だから一応確認をした。それにしては急いでいる感じがしないから、休みなのかもしれないと淡い期待を抱きながら。
「その予定だったんだけど……さっき、急遽明日と代わってくれって言われて」
「……そう」
とくん、と小さく心臓が鳴った。
気がつくと、思いのほか煙草の灰が伸びていて、俺は卓上の灰皿にそれを弾いた。その傍ら、
「じゃあ、今夜は空いてるんだ?」
努めて何でもないみたいに言葉を紡ぐ。
いつも通りの、他愛ない会話。
なのにやけに鼓動が逸る。
あんなこと――あのチープなラブホテルでの一件――があっても、俺たちの関係は何も変わっていなかった。
正直不思議なくらいだった。それくらい、いい方にも、悪い方にも、まるで変化がなかったのだ。
素面の静を抱いたのは初めてだったし、結果許容しながらも不本意だったのは確かなはず……。にもかかわらず、静は以前の静のまま、つかず離れずの距離で俺の傍にいる。――ように見える。
(静の真意が見えない……)
思いながらも、この期に及んで悪い方――完全に無視されるとか……?――に転ばなかったことには密かに安堵していた。
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