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……とはいえ、あの日以来、俺は静を抱いていない。
あれから三週間足らずの間、接点と言えば学校への送迎、良くてもランチ程度で、そうでなくともお互い卒業に向けて多忙な時期だ。結果としてなかなか予定が合わず、軽く外で飲むだけの機会すらろくに持てていなかった。
だからだろうか。
柄にもなく緊張している気がするのは……。
「あ……それとも、やっぱり卒論で忙しいかな……?」
問いを重ねても、静は依然としてこちらを見ない。見ないまま、逡巡するような間を置いて、それから吐息混じりに答えた。
「いえ……卒論はまぁ、大丈夫ですけど」
「じゃあ、夕飯でも一緒にどうかな?」
「……いいですよ」
静は小さく頷いた。
それを聞いて、俺は急くように煙草の火を消した。
* * *
向かった先は、今までにも何度か一緒に訪れたことのある、バーのような雰囲気を持つ居酒屋だった。
暗めに保たれた明度に、控えめに流れるジャズピアノのBGM。
酒も料理も種類があり、値段の割りに味もいい。そのせいで若い客も多く、静かすぎないのもある意味ちょうど良かった。
「遠慮しなくていいからね」
まもなく運ばれてきたのは生ビールとノンアルコールワイン。
俺は運転があるので飲めないが、静は好きに飲んでくれたらいい。そう思って一応声をかけると、
「……何?」
何だかかえって不審げな目で見られてしまった。
今の言い方……そんなにわざとらしく聞こえただろうか。……だとしたらちょっと恥ずかしいな。
「別に今更遠慮なんてしませんよ」
「いや、まぁそうかもしれないけど……一応ね。久々だし」
俺は誤魔化すように微笑み返す。
すると静はあからさまな溜息を漏らし、そのくせどこか面映ゆいように視線を俯けた。
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