14.もう一度だけ

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 その刹那、後ろへと吹いていた風が、不意に向きを変える。  追い風になり、煽られた髪が前方へとなびいた。  ――そこに覚えのある香りが混じる。  俺は思わず自分の穂先を見遣った。けれどもそこにはまだ火が点いていない。 「いいですよ」  振り返るより先に、声が届いた。俺と同じ煙草の紫煙と共に。  どくんと大きく心臓が鳴る。  俺はゆっくり背後に目を向けた。風が止まり、再び風向が変わった。 「――静」  名を呼ぶと、口元から煙草がぽろりと落ちた。風に流されたそれが、静の足元へと転がっていく。 「何やってるんですか」  静はおかしいみたいに笑って、咥え煙草のままそれを拾い上げた。  当然と言うべきか、静の煙草には火が点いていた。 「あ……いや」  差し出された煙草を受け取りながらも、その視線は静から逸らせない。  静はそのまままっすぐ進み、少しだけ距離を置いた俺の隣で足を止めた。 「へぇ……すごい。あるのは知ってたけど……」  手すりの前に立ち、眼前に広がる景色に目を細める。幾分緩やかになった風に、長めの前髪が柔らかく揺れていた。細く立ち上る紫煙が、ふわりとさらわれていく。 「見城さんは?」 「え?」 「来たこと、あったんですか?」 「いや……」  俺は辛うじて首を横に振った。  静は前方を見つめたまま、悠然と煙草を吹かしていた。  そんな彼とは裏腹に、俺の鼓動はうるさくなる一方だった。  だって……だっていま、静は何て言った?  っていうか、俺の声、聞こえてた……?  それに静が淡々と答えてくれる。 「……ちょうど空いてるんです。24日。25は遅番で」  静は煙草を口から外すと、僅かにだけ視線を落とし、ふう、と紫煙を吐き出した。 「どうせ、他に予定はないし……」  呟くように重ねると、再び煙草を咥えて夜景に目を戻す。
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