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……何でもないみたいに言うその声が、微かに上擦って聞こえたのは気のせいだろうか。
暗がりの中、よく見えないはずのその頬が、淡く染まっているように見えるのは単なる俺の願望か。
展望台に一つしかない外灯は、主に階段を照らしているだけで、そんな静の表情を際立たせてはくれない。
だけど……。だけど――。
(ちょっと待って……)
思いのほか動揺している。表情を隠すように口元を押さえても、次には目端がじわりと熱を持つ。
堪えきれず、努めて静から視線を外し、彼と同じ方向へと向き直る。
「そう……。そう、なんだ」
先刻の風で乱れた髪に指を通しながら、誤魔化すように笑みを貼り付ける。なのにその唇すらひくりと勝手に歪んでしまう。
次に言うべき言葉が出てこない。やっぱり静の前だとこんなにも上手くいかない。
思いがけず降ってきた好機だ。いつもみたいに「嬉しいな」って言えばいい。普通に「じゃあその日に」って約束を取り付ければいい。
できるだけ軽く。変に重くならないように。
思うのに、たったそれだけのことさえなかなか声にできない。
(だめだ。ちゃんと言わないと……もう今しかないんだから)
恐らく、きっと……いや、絶対に。
これが最後のチャンスだ。今言わないで、いつ言うというのか。
俺は他方の手に持っていた煙草を一瞥し、密やかに深呼吸をする。
それからぼんやりと夜景を眺めたままの静に、できる限りの微笑みを向けた。
「24日……じゃあまた連絡するよ」
「……うん」
煙草を咥えたまま、静は微かに頷いた。
……っていうか、いつから俺はこんな男になったんだろう。なんだか妙に格好がつかない。
我ながらもう少しましだと思ってたんだけどな。
ああ、でも、今回のは君も悪いんだよ。
そんな不意打ちみたいに――〝ちょうど〟なんて言うから。
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