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* *
途中、静の希望で立ち寄った俺の行きつけのワイン専門店。
店に入るなり、顔見知りの店員に声をかけられた俺は、ちょうど取り寄せたいものもあり少しばかり話し込んでしまった。
その間に、静は別の店員と選んだ一本の赤ワインを購入。
店に行きたいと行ったのも意外だったけれど、そうして静が自分からワインを買うのも何だか珍しい気がした。
……もしかしたら今夜一緒に開けようとか思ってくれているのかな。
ややして車に戻っても、静は何も言わなかった。ただそれをそっと後部座席に置いただけだ。
その様子がかえって妙な期待を抱かせる。俺は焦れったいような擽ったいような心地で、次第に陽が傾きつつある西の空を横目にしばらく車を走らせた。
* * *
「なぁ、ここって……」
促されるままエントランスを抜け、エレベーターに乗り込むと、堪えかねたように静が口を開いた。
箱の中には俺と静しかいない。俺は小さく頷き、柔らかなランプが明滅するフロアパネルを指さした。
「ここのレストラン、予約してあるんだ」
「いや、聞いてない……」
「大丈夫だよ。服装もOKだし」
にこりと笑えば、静は「だから……」と溜息をつく。
「いつもの格好も似合ってるけど、そういうのもいいね」
よりセクシーに見える。
……とは、もちろん口には出さないけれど。
少しだけ足を伸ばして訪れたそこは、上月グループという大手企業が展開するクラシカルな外観のホテル。
その上方階にあるレストランの席を俺が予約したのは、実は静と約束するより前のことだった。
だってぎりぎりだととれない可能性があるからね。最悪、一人でもいいと思って押さえておいたのだ。……ダメ元で。
だけど、静にはそのことを全く伝えてなくて――。
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