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デザートワインを飲み終えるころ、俺は何でもないみたいに一つの提案をした。
「続きは部屋でどうかな」
「――え……」
「もう少し飲みたくない? ――ワイン」
まるでいつも通りに微笑みながら――その実心臓はばくばくとうるさいし、天板にグラスを下ろした手のひらはじわりと汗ばんでいる。
だけど、ここまで来て押さない手はない。この状況でそう言えば……〝ワイン〟って言えば、君が断れないのを俺は知っているしね。
ワインは俺が君を誘う口実でもあるけれど、君が俺の誘いを断らない口実でもあるんだから。
「ね?」
レストランの予約をしたとき、俺は同時に部屋も押さえていた。
明日のバイトは遅番だと言うし、それならチェックアウトぎりぎりにホテルを出たとしても十分間に合う。
色々ダメ元で立てていた計画だけど、結果的には全てが上手く回りそうだ。
「どうせもう、今夜は送ってあげられないし……」
「!」
ついでのようにこぼすと、はっとしたように静は僅かに目を瞠った。
そう、だって今夜は俺もしっかり飲んでいる。このまま運転するわけにはいかない。
だったらタクシーで、とも思ったかもしれないけれど、学生の身からしたらそれは少々現実味がないよね。
――ごめんね。こんな騙し討ちみたいな真似をして。
でも敏い君のことだから、薄々気付いてはいただろう?
もし本当に気付いていなかったとしたら、それはそれで、君もそれくらい浮かれていたってことになるよ。
……そう思っていいのかな?
「ここのワイン、どれも美味しかっただろ? 俺ももう少し飲みたいんだ」
だめ押しのように重ねると、静はグラスの残りを静かに飲み干し、諦めたように言った。
「……全部アンタのおごりなら」
「もちろんだよ」
言い逃げるように、静はすぐに窓外の夜景へと視線を投げた。その横顔を確かめるように見つめながら、俺は上擦りそうになる呼気を堪えて、にっこり微笑んだ。
もはや俺の目は夜景よりも君に釘付けだ。
数拍後、君が微かに頷いたのを見て、ようやく息ができた心地がした。
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