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* * *
「何だよ、この部屋……」
中に入るなり、唖然と立ち尽くした静を部屋の奥へと促しながら、俺は少しだけはにかむように笑った。
「ごめん、ちょっと仰々しくなっちゃったけど……これより下はもう空いてなかったから」
静が驚くのも無理はないかもしれない。
ドアを潜り、廊下を抜けた先に現れたのは、間取り的には一つしかないが、リビングと寝室が繋がった、40畳ほどの上品な洋室だった。
角部屋ということもあり、リビングの奥には10畳近いバルコニーが、そこから出入りできる場所に室内からも利用できるガラス張りの展望風呂がある。窓際のテーブル席には、既にワインと軽食が用意されており、壁際にはまた別の銘柄の入ったワインセラーが設置されていた。
部屋のランクから言えばセミスイート。
スタンダードが押さえられなかったというのは本当だったが、せっかくだから少しでも良い部屋で過ごしたいと思っていたのも嘘じゃなかった。
「ほら、とりあえず座って」
先に受け取っていた静の上着をクローゼットにしまい、自分のそれも並べてかける。それでもなお踏み出そうとしない静の背中にぽんと触れ、
「静」
優しく名を呼ぶと、ようやく金縛りがとけたみたいに時間が動き出した。
「…………いや、マジ……」
「んー?」
静の呟く声を聞きながら、俺はいつも家でしているように、添えられていたソムリエナイフで瓶を開栓し、二つのグラスに赤い液体を注いでいく。
あらかじめアテンドは不要と伝えていたため、部屋には俺が希望するものが全て揃えられていた。
「いや、んーじゃなくて。さすがにちょっとやりすぎだろ、これ……」
席に着いても、いまだ落ち着かなさそうに室内を彷徨っていたその視線が、自棄になったように窓外へと向けられる。
レストランより更に目線が上がったせいか、より広域に望める煌びやかな景色。それをどこか複雑そうな眼差しで見つめながら、静は呆れるとも感心するともつかない息を漏らした。
「だから予約がとれなかったんだって」
……これより上にしなくて良かった。
俺が笑って返すと、その目が胡乱げに俺を一瞥する。
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