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「……見城さん?」
不意に声が届く。釣られるようにドアの方に目を向けると、
「まだいたんですね」
間もなく姿を見せたのは静だった。
「煙草の匂いが……」
静は独りごちるように呟いた言葉を途中で切って、室内を見渡した。
〝煙草の匂い〟――その言葉の意味を、俺はぼんやり考えた。
もしかして、匂いで俺ってわかったのかな……? たったあれだけの匂いで?
俺はまだ静の前で、そこまで吸っていたつもりもないのに……?
「一人ですか?」
「ああ、せっかくだし、みんなには花火大会に間に合うように帰ってもらったんだ」
煙草を指に取り、思わず淡く微笑んだ俺に、
「見城さんも一緒に行けば良かったのに」
何でもないみたいに君は言う。
その言葉と態度に、何故だか胸が少し痛む。口に残る煙草の味が、いつもより苦くなった気がした。
……なんだろう、これは。
「俺はここを……もう少し片付けたかったから」
年末だしね。
よく分からない感覚に捕らわれ始めていた俺は、そう短く付け加えただけで、「君を待っていたんだ」とは言えなかった。
言ったところで、普段しているような軽口めいたやりとりなら、別段不自然でもなかっただろうに。
どうしてかな。その時の俺にはどうしてもそれができなかった。
「そうですか」
そっけない。
きわめてそっけなく返された声に、不覚にも笑顔が歪みそうになる。
それを誤魔化すように、俺は静に向かって、持っていた吸いかけの煙草を差し出した。
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